会 長 挨 拶
ご 挨 拶
青年部会 10周年目の節目に (会報112号22.10.1掲載)
         
                             
                         中村光良全国防衛協会連合会青年部会長

 自衛隊への協力と若者に対する防衛意識の高揚を目的として2001年に東京で設立された全国防衛協会連合会青年部会は本年で10周年を迎えることができました。

 その間、日本とアメリカの政権交代 縮小しないテロ活動、中国、インドの大躍進、自衛隊においても防衛庁から防衛省への格上げ、国際貢献活動の拡大など環境は大きく変化しました。

 私逹青年部会も、
21団体であったのが31団体にまで増え、各地の活動も非常に活発になり、自分たちの内部の活動にとどまらず、女性や子供も対象とした事業やシンポジウムの実施など年々充実してきています。

 日本は、昨今、個人や家族を過度に大切にするがために、国や民族という我々の存在の根本を考えることが希薄になってきています。これこそが日本が抱えるあらゆる問題の根源にある大きな原因であると思えてなりません。

 北朝鮮のミサイルが領土内を通過しても、日本の領海とされている海域で中国が油田開発をしても、何も感じないように「自分に火の粉がかからないならどうでも良い」という行き過ぎた個人主義が今の日本の国力を弱め、国内のあらゆる問題を引き起こしていることは明確です。

 沖縄県与那国島の中国と台湾の緊張の恐怖から端を発した陸上自衛隊の設置の島民運動や、対馬の韓国による買収問題や、北方領土、竹島、尖閣諸島と国民が知っている大きな問題以外にもそれぞれの地域で日本の領土、領海の問題が各地で大きな問題になっています。

 しかし、その地域では大きな問題となっていても全国に広がらないのも国民意識の希薄さが一因のように思えます。

 そんな中、昨年政権交代があり大きな節目を迎えました。そして新政権のスタンスが奇しくも普天間の問題等で国民に対して安全保障を考えさせる大きなきっかけを作りました。「いままで、そんなこと考えたこと無かったけど普天間の問題で世界の中の、とりわけアジアでの日本のポジションが何となくわかった。」といったような意見を聞かれた防衛協会メンバーは少なくなかったのではないでしょうか?

 このように我々青年部会は
10周年という節目だけではなく、国民の意識が大きな節目を迎えている今こそ、今まで以上に一歩踏み込み、自衛隊との関係を今まで以上に強固なものとし、世界の中で日本が置かれている状況を十分考慮して、目的である防衛意識の高揚をよりわかりやすい形で国民の特に若者層に理解してもらえるような事業展開を図っていかなければなりません。

 先ほど述べた領土・領海問題のようにその地域だけの問題にするのではなく、日本が危険な状況に置かれていることを私たちが正確に理解し、国民一人ひとりに問題意識を持ってもらうことも青年部会の役割です。

 各都道府県の防衛協会の平均年齢が高くなってきている中、我々、青年部会を構成する世代はまだまだ国防、安全保障について意識が希薄であることは事実です。先輩たちが培ってこられた活動を今後も継続し、一人でも多くの国民に広く深く啓発していくためにも親会や各地青年部会とも連携をとりながら活動を大きな輪にしていかなければならないと考えます。


中村会長の基本方針(平成22年6月14日)

              2010、2011年度全国防衛協会連合会青年部会 基本方針

 全国防衛協会連合会青年部会は、2001年、東京で設立総会を開催し、本年で10周年を迎えます。その間、自衛隊はイラク派遣、インド洋上給油活動に代表される国際貢献活動の拡大、国内においては防衛庁から防衛省への格上げ、事務次官の不祥事、海上自衛隊の衝突事故等、自衛隊を取り巻く環境は良いことも悪いことも含め大きく変化しました。また、世界の各国の位置付けも大きく変化した10年です。中国、インドの大躍進、日本、アメリカ政権交代、縮小しないテロ活動等々速い速度で動き続けています。私たち青年部会においても、スタート時20都道府県あったのが30都道府県にまで増え、各地青年部会の活動も非常に充実したものになってきています。

 10周年の節目を迎える青年部会は、今後、今までよりも一歩踏み込んだ事業展開を図るため、中長期の方向性を検討する会議体を設置したく思います。各府県に設置されている防衛協会が高齢化を迎え、我々青年部会の役割が大きくなってきています。親会(連合会)の事業においても、今年度は過去に親会が担っていた一部を青年部会が実施をします。今後は、青年部会だけにとどまることなく、もう少し大きな目線で事業の展開を図るため、単年度で答えを出すのではなく、任期である2年をかけて、現在、日本が置かれている状況、自衛隊の位置づけなどを十分考慮して親会とも連携をとりながら青年部会の方向性をだし、強いては連合会に対して防衛協会全体の方向性を提案できればと考えています。

 北方領土、竹島、尖閣諸島はもとより、与那国島で、中国と台湾の緊張から陸上自衛隊の設置運動や、対馬の韓国による買収問題に代表されるように、現在、日本の領土、了解の問題が各地で大きな問題になっています。しかし、そのような地域では大きな問題になっていても全国には広がっていないのが現状です。そのような問題をその地域だけにとどめることなく、日本が危険な状況に置かれていることを私たちが正確に理解し、国民に広めていくために、現地の方々との意見交換を実施したいと考えています。

 各都道府県の防衛協会のほとんどは、高齢化の問題を抱えています。この10年で青年部会は10の都道府県で設置され30都道府県に拡大しています。しかし今後防衛協会全体を考えると、すべての都道府県で設置されることが望ましいのは言うまでもありません。今後も積極的に青年部会未設置県へのアプローチを実施します。特に、各都道府県の親会と地方協力本部にアクションを書け、早期の設置を目指します。

 以上の内容を中心に国防の意識がますます希薄になってきている今、昨年度設置された10周年実行委員会の事業答申を踏まえ、国民一人ひとりが、日本国、日本人を意識できるような事業展開を図り、大きく飛躍できる2010年、2011年としたいと考えます。

            平成22年6月14日
                                   全国防衛協会連合会青年部会長 中村光良

                        (平成22年6月14日開催の青年部会定期総会において表明した基本方針)
都丸直前会長のご挨拶(平成19年7月)




都丸和俊会長

平成18年3月
全国防衛協会連合会青年部会長
平成16年6月
群馬県防衛協会青年部会特別理事
平成12年6月
群馬県防衛協会青年部会長


 
 全国防衛協会連合会青年部のホームページにようこそ、私は全国防衛協会連合会青年部会長の都丸和俊でございます。
 
 我々青年部は、全国各地で我国の防衛意識の高揚と各地のオピニオンリーダーとして熱き思いを互いに研鑽しての青年部活動のネットワークを拡大しております。

 各県の活動はもとより、各地区ブロック大会、そして全国青年研修大会を実施しております。
 
 現在の国際情勢や日本近隣の国際環境も大きく変化しております。

 国際社会の中で我国の経済問題、エネルギー問題、人口問題、教育問題等多くの課題を抱えておりますが、その根底には平和と安全を維持する事であり、国民の生命・財産を守るために活動している自衛隊に対し、理解と敬意を抱き今後も支援する活動をホームページでお伝えさせて頂きます。

    平成19年7月
 
        全国防衛協会連合会青年部会長 都丸和俊


都丸会長   「なぜ戻らぬ? 日本の領土」 (第96号18.10.23)
                      なぜ戻らぬ? 日本の領土

 私は、独立行政法人北方領土問題対策協会が825日〜29日の間実施した北方四島訪問に参加した。以下は、その所感である。

 我国固有の領土である北方四島海域で起きた銃撃拿捕事件により、緊迫したなかで実施される交流は、如何なものかという思いもあった。しかし15年間地道に交流と相互理解に務めてきた経緯と足跡を考えると、今回の交流事業は大変重要であったと思う。

 根室港を出航して、想像していた荒海とは違う穏やかな航海で、国後島に向かう途中の歯舞群島、色丹島を眺め、本当に近い事を実感した。ロシア警備船と海上保安庁の巡視船の行き交う海域で、銃撃拿捕事件で死亡した盛田さんの冥福を祈り、献花と黙祷を捧げ、正しく今回の緊張と不安の幕開けであった。想像していた以上に、島の港や道路は、未整備のままであった。

 しかしロシアの人は大変人懐こく、私のイメージとは全く違っていた。国後島のコーワリ地区長も大変若々しく、親しみを感じさせた。銃撃拿捕事件の船員達についても人道的な対応を約束し、我々が根室に戻った翌日に2人の乗組員は解放された。しかし、尊い命を奪われた事実と、「我国固有領土である」と言われながら、北方四島を実効支配されている事実を国民一人一人が認識しなければならない。

 国後島・択捉島に上陸して、実際に生活をしているロシア人の現実が日々刻々と歴史として刻まれていることを感じ、領土問題ということ自体が過去の歴史として片付けられてしまう様な不安を感じた。

 今回は、昭和20年8月28日に択捉島に侵攻してきたロシア軍(当時はソ連)の状況を、必死の思いで知らせた三上郵便局長ご子息とご一緒でき、実際の体験談をお聞きし、”ふるさと留別”に59年ぶりに戻ることのできた場面に居合わせたことは、生涯に忘れることの出来ない体験です。10年前には、嵐で道が寸断され、ふるさとを目前に引き返し、今回念願の帰郷をされた姿を拝見し、何故もっと早く、何故もっと多く来ることができないのか、という思いが込上げてきました。私以上に多くの元島民の方々は、常に思い願っているに違いありません。

 時代の流れの中で、諸先輩たちの体験や歴史を正確に伝えて行くのも、我々の責務であると思います。今回の北方四島交流事業で改めて感じた事は、北方領土問題は勿論、我国は四方海に囲まれた島国であるが故に、領域と国益そして歴史認識を国際社会のなかで明確にし、安心安全な国民生活が営まれるように、国家の最重要事項として早急に取り組んでほしいこと、また教育、特に日本の歴史、江戸後期から現在までの歴史認識を明確にする教育が重要であること等です。

 私は昭和32年生まれで、高度経済成長のなかで育ってきました。戦争と原子力という言葉はタブーとして葬られ、過去を知ることより、今後の経済、社会にばかり目を向けて生きて来ました。商工会議所青年部活動を卒業後「国防なくして経済の発展無し」との思いから、7年前に防衛協会の青年部を設立し、今年から全国防衛協会青年部会長を仰せつかり、今回の事業に参加させて頂きました。

 全国防衛協会は47都道府県にありますが、青年部は私が会長を引き受けた今年当初が26都府県でした。その後埼玉県、和歌山県が設立、年内には茨城県も設立の予定です。ビザ無し交流も15年という地道な努力があり、今回のような感動的経験をさせて頂いたと思います。私も微力ながら今後とも、様々な活動に地道に努力して行くとともに、北方領土問題の現実を多くの人に伝えて行く所存です。団員皆様に感謝々々。                                  

梨子木直前会長 青年部会長を終えて」 (第95号18.7.23)

            めざせ、四十七都道府県

青年部会は、平成78月に全国防衛協会連合会の主催で「青年研修会」が開催されたのを皮切りに、毎年会合を重ね、その度ごとに全国組織化の機運が高まってまいりました。
 特に平成11年の「奈良会議」、平成12年の「宇都宮会議」では、参加した各地方の青年部会メンバー全員から結成に向けて「熱き青年の志」を確認し合うに至り、平成13615日に東京で設立総会を開催して正式にスタート致しました。
 22都府県で発会した組織でしたが、現在は28都府県となり、私たちメンバーが更なる拡大に向け努力を続けております。今後、各道県防衛協会や自衛隊協力会等並びに自衛隊地方連絡部等の協力を頂きながら進めて参りたいと考えております。

事業としては、「全国青年研修大会」を開催しており、第1回大会は東京目黒で、第2回大会以降は、各都府県青年部会が主管し、京都・群馬・長崎・東京に於いて開催、平成181027日〜28日には第6回奈良大会が決定し、奈良県の青年部会が燃えあがっているところです。

さて、会長の大役を預かり35年間、更には設立までの5年間、合計10年の間、全国の素晴しい青年たちとの出会い……それは私の大きな宝物となって今後も続いていくものと思います。また、ある人たちは県議会議員、市議会議員となって地方議会から国防の重要性を熱く発信しています。

私を支えてくれた青年部会の全てのメンバーに、心よりお礼を申し上げますとともに、感謝の気持ちで一杯です。また、全国防衛協会連合会の山口会長をはじめ、青年部会担当常任理事及び本部事務局長等には大変お世話になり、ありがとうございま。

退任はしたものの、国防に卒業はありません。「日本の平和と独立」を守るため、今後も皆様と手を携え活動してまいる所存であります。

第二代の青年部会長には、群馬県の都丸和俊君が就任致しました。若さと行動力に溢れる人物です。新体制の青年部会への温かいご支援、ご協力をお願い申し上げます。

最後に、青年部会の加入県及び非加入県の一覧表(前掲:別項にて紹介)をご参照いただき、拡大へご協力いただければ本望です。