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この記事は、防大卒業生への祝辞として述べられたものであるが、各界で活躍する会員にも理解・実践してもらいたいので、山崎正和氏の了解を得て採録した。
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本日は防衛大学校本科第51期、理工学研究科前期課程第44期、同後期課程第4期、並びに総合安全保障研究科第9期の卒業式にあたり、日本の防衛と世界の平和維持の未来を担う諸君の颯爽たる姿を目の当たりにして、国民の一人として真に頼もしく、また誇りに思う次第であります。心からお祝い申し上げると共に、日本人と全人類の安寧のために宜しくとお願い申し上げます。
三つの大きな変化さて、半世紀の歴史を誇るわが国の防衛機関にとって、過ぐる平成18年度には3つの重大な変化が起こりました。
第1は云うまでもなく、防衛庁の独立した省への昇格であります。このことは単に防衛の事務に一段の自由と権限が与えられたというだけでなく、その精神において防衛とその担い手の権威が広く認められたことを意味します。今や防衛は国の枢要な務めの一つとして、外交や内政諸部門と全く同等の地歩を占めたというべきでしょう。このときにあたり、諸君は明日の自衛隊の指揮官として、近代的な職業軍人として、改めて武人の誇りを自覚し、ノーブレス・オブリージュの気概、即ち「尊敬される者の義務感」に目覚めて頂かねばなりません。
第2の変化は近年の国際情勢と、向上する日本の世界的地位にかんがみ、新しく自衛隊の本来的任務として国際貢献が正式につけ加えられたことであります。我国の自衛隊は過去にもPKO法に基づき、カンボジア、東チモールへ、また時限立法に基づきインド洋、更にはイラクにも派遣され、十分な成果をあげて国際社会の敬意を受けてこられました。
しかしこれからは、この国際平和維持活動が諸君の本来業務の中心の一つになるのであります。諸君は諸先輩の尊い業績を受け継ぎ、本校で学び取った高い軍事技術と国際感覚に一層の磨きをかけ、海外の厳しい環境に耐える体力と、時には、やむを得ぬ犠牲を恐れない精神力を発揮して頂きたいと、せつに願うものであります。
最後に、まことに願わしくない、しかし避けがたい切実な第3の変化があることを忘れてはなりません。それは言うまでもなく近時の朝鮮半島の軍事的危機であり、急速に切迫する北朝鮮政府の脅威であります。
特異な軍事独裁体制を敷き、内外の非難を浴びるこの無謀な国家が我国の近隣にあって、これがかねて我が国に対して特別の敵意を抱き、市民の拉致やいわゆる「不審船」の派遣など、無謀な犯罪を試みてきたことは周知に事実であります。近年はまた国際世論に反して核兵器の開発を目指し、既にそれを保有したと宣伝して、挑戦的な姿勢を強めております。
独自の防衛努力を
もとより、我国の防衛は日米同盟を機軸とする外交によって、より具体的には日米安全保障条約の定める共同の努力によって守られるべきのものでありましょう。
しかし、現下の状況を深くかえりみる時、真の防衛努力は日米安保の発動に先駆けて、我国独自の努力によって行われる必要があることを、注意しておかなければなりません。なぜなら当面、もし北朝鮮による挑発が試みられる場合、それは日米安保の発動を引き起こす大規模な攻撃ではなく、寧ろその瀬戸際に迫って、しかも米軍の介入を誘わないような、中・小規模の侵略が企てられると懸念されるからであります。敵は米軍の反撃を招くほど大きくはなく、しかし警察や海上保安庁では対応しきれない、微妙な規模の作戦を企てる可能性が高いのであります。そうすることによって、敵は我国の人身を撹乱すると共に、日米安保の実効性、日米同盟の固さを験
(ため)すことができるでありましょう。
自衛隊にとって、従って今こそ求められるのはこの種の侵略を防ぐことであり、現実に国民を守ると共に、日米安保の発動を事前に防ぐことだといえます。本日めでたく卒業される諸君の前には、この意味で自衛隊の歴史に、かつてない重大な任務が待っていると申し上げねばなりません。
すなわち従来の自衛隊には存在それ自体が抑止力となり、訓練それ自体が敵の意図を阻止するという役割があったのに対して、今後はその訓練の成果を現実の行使し、実力をもって、敵に当たる任務が加わる可能性が生じたのであります。
そのリーダーとなる諸君には、実に大きな期待が寄せられていると言わねばなりません。
半世紀前に比べて、国民は自衛隊に対して比較を絶する親しみと信頼を覚え、尊敬の念を抱きつつあります。諸君は、それに応えて一層のノーブレス・オブリージュの精神を養い、武人の矜持
(きんじ)、騎士道の精華を一身に帯びて今日からの日々を送って頂きたい。
言うまでもなく現代のノーブレス・オブリージュは、門地や門閥、血脈に由来する身分の高さに根ざすものではありません。それが真の職業意識、日々の職責の感覚から生まれるということは、先ごろ伝えられた警察官の殉職事件を見てもお分かりのはずです。交番勤務中の警察官は鉄道の踏み切りに迷い込んだ市民を目撃して、身についた訓練と規律に誘われるかのように、ほとんど無意識のうちに死地に飛び込んだに違いありません。
現代のノーブレス・オブリージュは、その意味で優れたプロフェッショナリズムに基づくと言い換えてもよいでしょう。複雑な技術を使いこなすことに誇りを持ち、技術そのものから規律を学び、その自信によって冷静な積極性を養い、熱狂とは無縁の沈着な勇気を内に秘めることこそ、プロフェッショナリズムの真髄と考えます。危機に臨んで恐れることなく、勝機に恵まれて驕
(おご)らない真の職業軍人たることを、私は諸君の将来に求めたい。
そして同時に、まさにそれとは裏腹に諸君に求めたいことは、貴重なこれからの人生を専門バカ、職業バカとして送らないことであります。幸い諸君は本校において、様々な科学技術や軍事技術と共に、世界と歴史を見渡す社会科学と人文学を修めてこられました。それらの学問に養われた見識は、必ずや将来、諸君に任務がどんな文明の文脈の中にあって意義を持つか、諸君に人生が何によって価値あるものになっているかを教えてくれることでしょう。どうか皆さん、卒業ののち激務の間にも読書を忘れず、寸暇を盗んで識見を高めるように努力を続けてください。
重ねてご卒業をお祝いし、武運の長久と日々の充実の久しからんことをお祈りします。
(平成19年3月18日) (サントリー文化財団理事・劇作家・阪大名誉教授)
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