自覚と誇り育む教育を
昨年は、教育基本法改正やいじめ、未履修問題など、教育関係の報道が大変多い一年であったと感じました。小中高生やその保護者の方々はもちろんのこと、単身者や、家族の中に児童生徒がいない方々であっても、日本の教育の現状に目を向け、それぞれの学校時代の経験を思い起こし、様々な考えをめぐらされたのではないでしょうか。
社会全体が教育に目を向けるのは望ましい事でありますが、しかしながら、そのきっかけとなった報道の多くは、あまりにも悲惨な事件や不祥事でした。
やっと改正に漕ぎつけた教育基本法に対しても様々な指摘があり、明治以降の急速な西洋化や戦後の急成長と引き換えに失ってきた、我々日本人の高潔な精神性を再構築するためには不十分ではないでしょうか。
教育関係の明るい話題は少なく、中でも一番深刻な問題であったのは、いじめに関わる数多くの事件でした。この問題については各方面の方々のコメントや研究、議論などが報道されましたが、その中でも私が一番注目したのは、各紙で紹介された都留文科大学初等教育学科河村茂雄教授の研究でした。
「教師が友達のように児童に接し、ルールが守られない『なれあい型学級』でいじめが多い」という調査結果が発表され、これはまさしく近年問題視されている「指導しない、強制しない」という子供本位の教育が悲惨な事件を引き起こしうることが明らかになったのだと思います。
子供の将来を考え、倫理・道徳といった視点からルールを守ることや、正邪の区別を毅然とした態度で教える本当の意味での「子供本位」であるべきです。
このことは学校だけに限らず、家庭や社会、地域においても、大人が「大人としての責任」を自覚した正しい行動を示すことが求められるのだと思います。
昨年、全国的に有名な関西のある神社にお参りした時に、宮司さまとお話をする機会がありました。その方は「宗教儀式としてではなく、社会的ムーブメントとしての 15歳の元服式を復活させる必要がある」と語られました。
私はその言葉に感銘を受け、現代の日本社会における元服式とはどのようなものになるだろうかと自分なりに考えてみました。
15歳は、ちょうど義務教育終了の頃です。義務教育を卒業するということは、一人前の日本国民としての知識や教養、常識を身につけたと認められ20歳の成人式に向けて、社会的責任感を養う準備が整うことであるべきです。
社会的にこういった意識を高めることができれば、義務教育卒業は現代の元服式になりうるのではないでしょうか。しかし、現状は残念なことに、ごく一部の家庭や学校における教育を除いては、このような社会的意識が非常に希薄であるばかりでなく、「なれあい型学級」とされる事例が少なくありません。
今、日本社会は、汚職や不祥事の報道がない日はないというほど恥ずべき状況です。 いじめをなくし、子供たちの心身を守るためには、私たち大人が正しい行動や毅然とした態度を示すことからはじめなければならないと感じ、身の引き締まる思いがしました。
また、子供たちに義務や責任を教えることを嫌う人もおりますが、将来のためには、大人になることの自覚と誇りを育むような義務教育の充実を目指さなければならないと感じました。
|