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第97号
号番ー整理番号 タイトル 投稿者(敬称略)
97号−1   ”元服式が必要では”  三野 由美子(神奈川県藤沢市議)
97号ー2   <焦点>
  北朝鮮の核問題について
 山本  誠(全国防衛協会連合会常任理事)
97号ー3   <ニュースの目>
  議論こそ自由(民主主義)国家の証)
 森 清勇 (星槎大学非常勤講師)
97号−1 ”元服式が必要では” 三野 由美子(神奈川県藤沢市議)



                            自覚と誇り育む教育を

昨年は、教育基本法改正やいじめ、未履修問題など、教育関係の報道が大変多い一年であったと感じました。小中高生やその保護者の方々はもちろんのこと、単身者や、家族の中に児童生徒がいない方々であっても、日本の教育の現状に目を向け、それぞれの学校時代の経験を思い起こし、様々な考えをめぐらされたのではないでしょうか。

社会全体が教育に目を向けるのは望ましい事でありますが、しかしながら、そのきっかけとなった報道の多くは、あまりにも悲惨な事件や不祥事でした。

やっと改正に漕ぎつけた教育基本法に対しても様々な指摘があり、明治以降の急速な西洋化や戦後の急成長と引き換えに失ってきた、我々日本人の高潔な精神性を再構築するためには不十分ではないでしょうか。

教育関係の明るい話題は少なく、中でも一番深刻な問題であったのは、いじめに関わる数多くの事件でした。この問題については各方面の方々のコメントや研究、議論などが報道されましたが、その中でも私が一番注目したのは、各紙で紹介された都留文科大学初等教育学科河村茂雄教授の研究でした。

「教師が友達のように児童に接し、ルールが守られない『なれあい型学級』でいじめが多い」という調査結果が発表され、これはまさしく近年問題視されている「指導しない、強制しない」という子供本位の教育が悲惨な事件を引き起こしうることが明らかになったのだと思います。

子供の将来を考え、倫理・道徳といった視点からルールを守ることや、正邪の区別を毅然とした態度で教える本当の意味での「子供本位」であるべきです。

このことは学校だけに限らず、家庭や社会、地域においても、大人が「大人としての責任」を自覚した正しい行動を示すことが求められるのだと思います。

昨年、全国的に有名な関西のある神社にお参りした時に、宮司さまとお話をする機会がありました。その方は「宗教儀式としてではなく、社会的ムーブメントとしての            15歳の元服式を復活させる必要がある」と語られました。

私はその言葉に感銘を受け、現代の日本社会における元服式とはどのようなものになるだろうかと自分なりに考えてみました。

15歳は、ちょうど義務教育終了の頃です。義務教育を卒業するということは、一人前の日本国民としての知識や教養、常識を身につけたと認められ20歳の成人式に向けて、社会的責任感を養う準備が整うことであるべきです。

社会的にこういった意識を高めることができれば、義務教育卒業は現代の元服式になりうるのではないでしょうか。しかし、現状は残念なことに、ごく一部の家庭や学校における教育を除いては、このような社会的意識が非常に希薄であるばかりでなく、「なれあい型学級」とされる事例が少なくありません。

今、日本社会は、汚職や不祥事の報道がない日はないというほど恥ずべき状況です。             いじめをなくし、子供たちの心身を守るためには、私たち大人が正しい行動や毅然とした態度を示すことからはじめなければならないと感じ、身の引き締まる思いがしました。

また、子供たちに義務や責任を教えることを嫌う人もおりますが、将来のためには、大人になることの自覚と誇りを育むような義務教育の充実を目指さなければならないと感じました。


97号ー2 <焦点>   北朝鮮の核問題について 山本 誠氏(全国防衛協会連合会常任理事)

                               

北朝鮮の核に関する6カ国協議は最早死に体ではないか。このままでは北朝鮮の時間稼ぎを利するばかりである。

忘れてならないことは、北朝鮮の核保有は体制維持のための基本戦略であって、現政権が存続する限り、何があっても金正日がこの意志を捨てることはないということである。何故ならば、これを捨てれば滅亡すると彼は固く信じているからである。

中国の狙いは非核のまま北朝鮮を影響下に維持することであるが、核排除を求めて制裁を強化しすぎれば北朝鮮の崩壊を招き、南に追いやる恐れが出てくる。

かと言って、制裁の手を緩めて北朝鮮の核保有を許す結果になれば、周辺諸国の核開発を阻止する根拠を失うことになり、中国が最も懸念する日本の核武装に繋がる可能性も出てくることになる。アメリカやロシアにとっても、この事態は望ましい方向ではない。

しかし、こういった背景の下、北朝鮮はジレンマに悩む中国や、アメリカの一国支配を嫌うロシアによる制裁緩和の動きの中で、のらりくらりと実績を重ねていけば有耶無耶の内に核保有国の仲間入りができると踏んでいるのであろう。要するに周囲を嘗めて掛かっているのである。

このまま行けば、とどの詰まりは北朝鮮の現政権が続く限り、実力を以って物理的に核を排除するより他に彼らの意図を止める方法はない。

北京の外交筋によれば、中国の専門家の中には匿名を条件としながらも、仮にアメリカが武力行使に出ても中国は黙認すべきだと主張する意見もあり、上層部にもこれを正面から否定する空気は無いという。

こういった情勢の中で、日本は一体どうすればよいのか。各国と協力して北朝鮮に対する核廃止への圧力を強化することが、現段階において最重要事項であることは論を待たないが、要はアメリカと中国を如何にして本気にさせるかということが肝要である。

このまま核拡散を放置すれば、日本といえども核装備について論議せざるを得なくなるということをアメリカに率直に伝えると共に、中国にもことの重大性を察知させることが重要である。これが次なる日本の外交姿勢となる。

核について論議することにすらアレルギー反応を示すマスコミや進歩的文化人と称する輩が居ることは周知の通りであるが、目前の参院選挙に目が眩んで、本質を忘れた核アレルギー論に加担する与党議員がいるのは誠に情けない。

わが国の生存に重大な影響力を有するスーパーパワーであるアメリカとの同盟を重視し、敢えてその核の傘に入る政策を取っているわが国にとって、その傘の効果に重大な影響を与えるかもしれない事態が、至近距離に生起しているこの時に、核を論ずることが何故タブーなのか。今こそ原点に立ち返って核を論じ、核に対する磐石の体制を築くための努力をするのが戦略というものではないか。


97号ー3 <ニュースの目>
議論こそ自由(民主主義)国家の証
 清勇氏(星槎大学非常勤講師)


 中川昭一自民党政調会長が北朝鮮の核実験を受けて、「日本も核について論議したほうが良い」と民放で発言したことが、あたかも核を保有すべしとでも発言したかのようにマスコミ等は喧伝した。

「議論すること」を「保有すること」に曲解させる論調は為にするものでしかない朝鮮や中国の核兵器の脅威に対する日本の備えは、米国への他力本願のみではないだろうか。

ライス国務長官が来日して「核の傘」を再確認したが、米国は世論の国で、日本が米国の保護国にならない限り、「無窮の保証」は得られない。

地下鉄サリン事件や事件後の炭素菌(生物兵器の一種)騒動でも分かったように、日本に化学兵器や生物兵器を装備する意志がなくても、使用された時の防護は不可欠である。

核についても同様で、万一、使用された時の防護を考えないほど能天気な日本人であってはなるまい。

中立国スイスやスウェーデンは日本人の理想のように語られる。しかし、両国は中立を侵されないため、国民に国防の義務を負わせ、自国防衛の兵器をほとんど国産し、両国とも核保有国ではないが、核兵器について国家を挙げての議論と研究を行い、成果を核シェルターに反映して国中に張り巡らしている。

就中、スウェーデンは必要とあればいつでも核兵器に組み立てられるように、パーツで保管しているとさえ言われる。国防に対する国民の意識と軍隊に対する国民の理解が高く、「言論の自由」も、国防や国益を毀損するものであってはならないことを国民が熟知しているからである。

翻って日本では、「核」と言っただけで議論さえ封殺し、法令・条約等の教条的解釈によって議論の入り口にさえ到達できない。言霊信仰や空想的平和主義といわれる所以もここにある。 日本の安全について、地に足を付けた議論をするのは今をおいてない。ピンチをチャンスに変えることこそ日本人の英知ではないだろうか。(本紙編集担当)