東日本大震災・郷土とともに

久納師団長に激励品を贈呈
地震と津波、停電で文化生活は全てストップした。
ラジオからの惨状は、死者行方不明者数に驚愕しつつも現実感はなく、三日目の夕刻、電気が復旧した時には皆が思わず拍手をしていた。しかし、テレビで目にした映像は、言葉もなく、ただ涙が流れた。
天皇陛下の「自衛隊のみなさん」と最初に感謝の意を下されたお言葉にまた涙が流れた。
出動した陸海空10万余の自衛隊員の姿に、最後の頼りだと再認識した。
仙台空港が被災し、山形空港や神町駐屯地飛行場では米軍も参加し昼夜ヘリの発着が絶えず、駐屯地は天幕と部隊で溢れた。
なんとか激励にとお願いし、3月29日に仙台駐屯地で久納師団長にお会いすることができた。
「被災者のニーズに応じた、より質の高い支援」のため様々に創意・工夫していることに驚いた。
初めて災害派遣招集された即応予備自衛官も、士気・規律に優れ、行方不明者の捜索を希望する隊員が多いと聞き、元自衛官の使命感と自覚を感じた。
4月29日には、紅の会(鈴木百合子会長)役員4名で2回目の激励に伺った。前日は発災後49日目で、師団長はじめ各部隊長さんが隊旗ともに黙祷をする写真を見て、胸に迫るものがあった。
案内された仙台港の状況は、津波に流された車と瓦礫の山が延々と続き言葉もなく。被災の島々に向かい、合掌。閖上・名取・相馬方面にも合掌するしかなかった。
5月23日に3回目の激励に伺った。態勢縮小に伴い他師団等の任務を引き継ぎ、宮城県沿岸部全域と福島第1原発10q圏内の行方不明者の捜索を行っているとのことであった。
長期の派遣で疲労も蓄積しているであろうに、士気高く任務完遂に向かって頑張っておられる姿に感動し、とても誇りに感じた。
「ありがとう、自衛隊のみなさん」
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