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全国防衛協会連合会は、防衛意識の高揚を図り、防衛基盤の育成強化に寄与するとともに、自衛隊の活動を支援・協力することを目的とした民間の全国組織です。

TEL. 03-5579-8348

〒162-0844東京都新宿区市谷八幡町13東京洋服会館9階

会報紹介(メッセージ)

 このページにおいては、当連合会機関誌「防衛協会会報」の連載記事「メッセージ」の過去掲載分を含めて紹介しております。

目次
●140号29.10.01 トヨタカローラ三重(株)玉城店 藤川静羅 自衛隊生活体験を通じて
●139号29.07.01 澤田 愛美(三重) 自衛隊生活体験を終えて
●134号28.04.01 森 清勇(東京)「想定外」は常にある
●122号 25.04.01 (1)佐藤正久(東京)ご挨拶   (2)三宅浩正(愛媛)沖縄視察報告
●118号 24.04.01 戸田 幸子(東京)予備自衛官雑感 
114号 23.04.01 栢野 倫秀(岡山)若い世代に自衛隊支援の輪を
●113号 23.01.01  (1)森田 芳子(大阪)自衛隊へのリクエスト  (2)田中 星月(東京)緊迫感のある政策を
●112号 22.10.01
 (1)大越 康弘(全国常任理事)上海万博で感じたこと         
 (2)渡邊元旦(全国常任理事)九州・沖縄地区防衛協会所西部研修大会に参加して
●111号 22.07.01 小澤 園子(京都)米海兵隊との実働訓練に参加して
110号 22.04.01  (1) 森田 芳子(大阪)女性自衛官は太陽です(2)戸田 幸子(東京)女性部を立ち上げたい
●109号 22.01.01  (1)小倉 和彦(宮崎)韓国研修所見 (2)大学生防衛フォーラムを実施
●108号 21.10.10  (1)野々口弘基(青年部)最後のビザなし渡航?(2)石嶺 邦夫(沖縄)沖縄県防衛協会の結成経緯
●107号 21.07.01 沢本 和容(東京)防衛意識の高揚が喫緊の課題
●106号 21.04.01 鈴木 千春(東京)託されしもの
105号 21.01.01 竹田 義信(京都)夜間の富士総火演を見学して
●104号 20.10.01  (1) 鈴木 千春(東京)明日の礎  (2) 安岡 良和(京都)会員体験入隊
          (3)北村 佳苗(京都)会員乗艦体験
●103号 20.07.01  (1)竹村 清(連合会) 心の青春 (2)坂戸 正二(東京)思うこと 
         (3)平岩 和真(京都)後方支援の重要さ
●102号 20.04.01  (1)田中 邦男(埼玉)  (2)片野 和(京都)「自衛隊音楽まつり」に感動
●101号 20.01.01 宇佐美広治(東京) 防衛省不祥事
100号 19.10.23  (1)鈴木 春(東京)頼りになる自衛隊  (2)橋本慎太郎(京都)「はるな」に乗ったよ
●099号 19.07.23  (1)山下 りら(京都)護衛艦「あぶくま」に乗艦して
          (2) 田中 邦男(埼玉)日本人の手で日本を守ろう
●098号 19.04.23 京都地本広報(京都外大国防学生)北海道へ行く
●097号 19.01.19 芝山 逸平(滋賀)改めて海の守り認識
●096号 18.10.23 (1)豊崎 透(京都) 目を開かされた舞鶴研修
         (2)膳所高校吹奏楽班 貴重な体験ありがとう(礼状)
095号 18.07.23 (1)清水 祐己子(京都)高い訓練レベルに驚嘆  (2)稲垣 享一郎(京都)「愛国心」を涵養
●094号 18.04.23 (1)寺本 充宏(京都)日本の安全保障を知り、考える
         (2)藤田 一美(京都)自衛隊の音楽に出会った!

会報140号(1)(29.10.1)トヨタカローラ三重(株)玉城店 藤川静羅

                自衛隊生活体験を通じて
                 
              トヨタカローラ三重(株)玉城店   藤川静羅

 私は、久居駐屯地で3日間の生活体験をさせて頂きました。  
 私自身、女性スタッフとして自動車販売のディーラーに就職し、右も左もわからないまま、一年間頑張ってまいりました。私の会社も何十年振りに女性スタッフを雇い入れた関係でおそらく当社からの生活体験を女性として受けたのは私が初めてだと思います。そんな中での研修ということもあり、始まる迄は本当に大丈夫なのかと不安で一杯でした。でも、実際に研修が始まると皆様がとても優しく接してくださり大変有意義な時間を過ごさせて頂きました。
 その中で、一番印象に残り今後の仕事に活かせそうなことは、団体行動の中での協調性を学べたことでした。職場内でも、お互いに助け合うことや譲り合うことにより、与えられた目標に向い日々の活動等に励んで行くのが重要であると教えてもらっています。  そのことを踏まえた上で、自分自身が感じたことは、どんな職種であれ基本は同じだなと思いました。そして、今後の仕事をして行く上で、研修で役立つと思ったことは忘れず取り組んでまいりたいと思います。  
 この様な、貴重な体験を教えて下さった自衛隊の皆様に深く感謝させて頂きますと同時に、これからの自分の後輩達にも受け継がれていける様に体験談も伝えてまいりたいと思います。

会報140号(29.10.1)投稿

             自衛隊を 身近に感じ学んだ夏
                      京都
          
                富士総合火力演習を見学

 京都地本(本部長安孫子1陸佐)は、平成29年度富士総合火力演習に京都府の参加者を引率した。
 本年度は、金銭的に制約のある学生や職務で時間の取れない関係者の方々が多く参加できるよう弾丸ツアーを企画した。本企画により募集対象者である京都大学学生17名を含む例年にない多数の大学生や高校生、初参加の教育・報道・自治体・各関係者の参加を得ることができた。見学者は、主要装備品の迫力に圧倒されるとともに装備品の高い性能と隊員の真摯な姿、臨場感ある演習に陸上自衛隊の精強さを実感しつつ、一様に驚いた様子だった。参加した学生は「安全保障の分野に興味を持った」、「安全保障をもっと勉強したい」等と話していた。
 京都地本は、今後も厳しい募集環境を打破し、優秀な人材を獲得するとともに防衛に対する理解を促進するため戦略的広報を推進していく。                           (京都地本広報)
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                    三重(久居)
  
     ゲーム感覚で処置法を学ぶ野外衛生         しっかりテンションかけて天幕設営

 久居駐屯地(司令:能勢1佐)は、8月19日・20日の2日間、久居駐屯地及び久居訓練場において、夏休みちびっ子ヤング大会を実施し、三重県内の小学生60名が参加した。  
 初日の19日、受付開始時刻と同時に多くの子供たちが集まり、この日を待ち遠しく楽しみにしている様子がうかがえた。  
 午後1時からの開会式では、2日間を一緒に過ごす隊員の紹介やルール説明が行われ、子供たちはワクワクした様子を見せながらも真剣に説明を聞いていた。  
 開始後、猛暑の中で子供たちは、吹き出る汗をぬぐいながらみんなで協力してテントを設営し、サバイバル教室(ロープ橋・野外衛生・火おこし・浄水法)では、懸命に取り組みながら体験を行った。
 夕食は夏休みちびっ子ヤング大会名物のカレーライスを喫食した。カレーライスは、隊員達の調理した手作りのもので、あまりの美味しさにおかわりする子供たちも続出し、みんな満足満腹で笑顔が飛び交っていた。
 そして、駐屯地グラウンドで隊員達と元気に遊び、その後行われた肝試しでは、怖さを我慢してみんなでゴールを目指した。 肝試しで汗を流した後は、隊員用の大浴場に入浴して今日1日の汗を流した。
 夜になると、花火を満喫し、キンキンに冷えたアイスを食べる等、夏らしいひとときを過ごしていた。
 その後みんなで協力して立てたテントに入り、子供たちは、しばらくの間は興奮して寝付けない様子であったが、1日の楽しい思い出とともに寝床についた。  
 翌朝、6時のラッパとともに起床し、ラジオ体操を元気いっぱいに行った。 朝食後、ロープワーク、毛布を使った担架搬送、高機動車の体験試乗、フォトフレーム作成と前日同様に子供たちは仲良く楽しんでいた。  
 閉会式では、自衛隊グッズなどがプレゼントされ、ちびっ子たちは嬉しそうに手に取り「楽しかったよ。またくるね」、「ありがとうございました」などと隊員達と言葉を交わし駐屯地を後にした。  
本行事は、子供たちや保護者の方に自衛隊を身近に感じ、また、理解を得る絶好の機会となり無事終了した。
                                         (久居駐屯地広報)
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                     神奈川(横須賀)
  
          砕氷艦しらせの公開                 特別機動船体験搭乗

 平成29年8月5日(土)海上自衛隊横須賀地方隊の「サマーフェスタ2017」が開催されました。
 試験艦あすかと砕氷艦しらせの艦艇公開と共に、潜水艦「たかしお」の甲板公開、館山航空基地所属のSH-60Jの地上展示が行われました。また武山分屯地所属、航空自衛隊高射隊のPAC―2も展示されていました。
 大学生以下とその家族を対象にした特別機動船の体験乗船では、小型のボートで艦艇の間近まで行くことができ、普段では味わえない特別な体験に親子で歓声が上がっていました。
 この日およそ二万一千人の来場者で賑い、横須賀音楽隊の演奏も、イベントに花を添えていました。
 同日に米海軍横須賀基地でも「日米親善ネイビー・フレンドシップデー」が開催され、夜には「よこすか開国花火大会」も開かれ、横須賀の街全体がお祭りムードに包まれた一日となりました。   (特別会員 先ア有理子)


●会報139号(29.7.1)三重交通株式会社 澤田 愛美

                  自衛隊生活体験を終えて

             
                  三重交通株式会社  澤田 愛美

 私は新入社員研修の一環として、2泊3日で久居駐屯地での自衛隊生活体験に参加させていただきました。  
 今回の生活体験で、一番「自衛隊らしいな」と感じたのは、『敬礼』や『休め』、『行進』などの所作の部分です。体験入隊後、最初にこれらを教わったのですが、初めのうちはなかなか慣れず、機敏に動くことが出来ませんでした。しかし、離隊が近づく頃には体が慣れてきて、すぐに動作ができるようになりました。集団で動く時には、皆がバラバラな行動をとるとなかなかまとまらず時間もかかってしまいますが、皆が一斉に挙動をそろえると、時間もかからず見た目もすっきりするのだと、生活体験で改めて気付きました。  
 また、私が今回の生活体験で一番面白いと感じたのは、久居演習場でのコンパス行進です。広い山の中を、コンパスと地図だけを頼りに目的地点まで進むというもので、私はもちろん他の人もそのような経験はなく、とても新鮮でした。演習場は急勾配な場所も多く、何時間も歩いているとかなり疲労が溜まり、体力の低下を実感しました。今回の体験で色々と自分の出来ることや出来ないこと、これから取り組むことがわかる良い機会となりました。  
 この生活体験で、集団行動の大切さや、規則正しい生活、体力が資本であること、時間厳守の重要性など、様々なことを学びました。また、隊員の方々とお話しすることができ、今まであまり身近ではなかった自衛隊のことを身近に感じられるようになりました。  この3日間、貴重な経験をさせていただいた自衛隊の皆様、本当に感謝でいっぱいです。ありがとうございました。
                                   (投稿:久居駐屯地広報)

会報134号(28.4.1)森 清勇 元陸上自衛官 現星槎大学非常勤講師

「想定外」は常にある


森 清勇 講師

 5年前の東日本大震災は1000年に一度とも言われた未曾有の災害をもたらしました。津波が原因で福島第一原発ではメルトダウンという最悪の原発事故も発生しました。関係者からは想定外であったという言葉が聞かれ、識者は想定外をなくせと声高に叫んだりしました。
 「想定外」とは読んで字のごとく、想定されなかったことであり、何かにつけ思いもしなかったこと、つまり想定外が出来するのは世の常です。一生懸命に事象の前後を推察し推測し、推算して対処する以外にはないでしょう。
 ゴルフを例にとりましょう。日本人が思い描くゴルフ場はフェアウェイやハザードが整備され、グリーンは名前の通り緑色で、見事に刈り込まれて傾斜の少ないスロープを描いているような、一種の造園美ではないでしょうか。
 プロ中のプロが競うマスターズなどをテレビで観ていても、コースは大なり小なり庭園風といったようなものです。 そこに、全英オープンを観るとびっくり仰天します。フェアウェイは殆んど手入れした様には見えず、その周りには人の背の高さもあろうかと思われるススキなどが生い茂っています。グリーンも凄い傾斜で波打ち、また凄い凹凸さえあります。これぞゴルフと言わんばかりの自然体で、日本流に親しんできたゴルファーにはフェアウェイに落下した球の在り処さえ分からない状況が頻出するはずです。
 軍事的視点から言えば、日本や米国のコースはがっちり陣地を構えて戦う正規軍同士の陣地戦で、英国のコースはばったり行き会って戦う遭遇戦といった状況かも知れません。各々の戦闘場面では思いもしない状況が出ることはあるでしょうが、陣地戦も遭遇戦も戦闘の形態としては想定されていることで、驚くには当たりません。
 ところが、あっと驚くようなゴルフ・コースがあるものです。長方形の人工芝マット上に紐付きボールを置いて練習をしたことがありますが、砂漠のゴルフでは本番で、人工芝マットを携帯してショットするというのです。 産経新聞の「日曜に書く」(平成27年12月20日付)で、論説委員の別府育郎氏が約20年前にサウジアラビアの首都リアドで経験したこととして書いていました。
 レンタルのセットを手引きカートに積みこむまでは理解できますが、同時に長方形の人工芝マットを渡されたというのです。 第1打こそティグランドのショットですが、2打目以降は、ボールの後ろの砂上に持参のマットを置いて打つそうです。グリーンは砂をオイルで固めた土俵のような砲台で、グリーン周りにロープで丸く仕切った場所がバンカーだそうです。ここではマットが置けない規則だとか。 いやはや、何とも形容しがたいゴルフ・コースです。
 軍事的アナロジーでは正規軍が突然非正規軍のテロ集団に遭遇した状況といっていいかも知れません。 「所変われば品変わる」の諺通りですが、日本人にとっては想定外という以外ありません。
 軍事作戦ではハードウェアや訓練練度など見え易いものの比較に陥りやすいものですが、孫子の兵法や三戦(輿論戦、法律戦、心理戦)を重視する国が相手では思いもよらない状況、即ち砂漠のゴルフのような『想定外』の視点も欠かせないのではないでしょうか。

●会報122号(1)(25.4.1)佐藤正久防衛大臣政務官・参議院議員

ご挨拶


佐藤正久政務官・参議院議員

 第2次安倍内閣において、防衛大臣政務官を拝命致し、自衛隊の「人と予算」を増やすとの政権公約に基づき、正月返上で25年度概算要求策定作業を行い、我が国周辺における軍事的活動等が活発化する中、国民の生命・財産を守るため自衛隊の即応性の向上、そして領土・領海・領空を断固として守りぬくための防衛力整備等を主眼とした予算要求を行いました。
 実質的な防衛関係予算は前年比351億円増の4兆6804億円(SOCO関係経費等を除く)で決着し、確かに「人」は陸海空で300名弱、予算は前年比で約350億円増えたものの、失望感も否めません。今年中には、防衛大綱・中期防衛力整備計画の見直しを行い、次年度以降の予算と態勢を構築していきたいと考えております。
 さて、昭和30年代の流行歌の「だから言ったじゃないの」という現象が最近続いています。
ひとつは、中国海軍艦艇によるレーダー照射事案です。尖閣諸島周辺で、海自艦艇や航空機が警戒監視を実施していますが、実はこの警戒監視は、防衛省設置法4条に規定された「調査・研究」に基づくものであり、自衛隊法の任務規定にないため、「武器使用権限」が付与されていません。
 防衛省はこれまで、そのような事態の場合は、自衛隊法第95条「武器等防護」で対処可能としてきましたが、この規定では、潜水艦やはるか離れた艦艇からミサイルが撃たれようとしている海上では、今回のような場合、それが直ぐにミサイル発射とは判断できないため、結果的に撃たれる前の武器使用判断は難しい、との意見が大勢を占めているのが現実です。
 自民党では、22年にまとめた「防衛大綱への提言」において、「情報収集・警戒監視・偵察活動時の安全確保」を盛り込みましたが、当時は野党であり、誰も「警戒監視時の武器使用権限」の重要性を認識することはありませんでした。
 また今般のアルジェリアの事件を受けて、隊法改正が議論されていますが、自民党は、隊法第84条3「在外邦人等の輸送」の規定を改め、輸送の安全が確保されていることを要件とせず、緊急時の自衛隊による在外邦人等の避難措置(邦人等の輸送及び警護)を実施可能とし、併せて避難措置の実施を担う自衛官に、その任務遂行に必要な武器使用権限を付与すること、とする議員立法を、平成22年に衆院に提出しています。しかし、これも今回の事件が発生するまで一顧だにされませんでした。
今後とも、自衛隊が任務を全うできるための法整備にもしっかり取り組んでいく所存です。どうぞ更なるご支援ご指導をお願い申し上げます。

●122号(2)(25.4.1)三宅浩正愛媛県議会防衛議員連盟事務局長

沖縄視察報告


三宅浩正愛媛県議会防衛議員連盟事務局長

  1月30日から3日間、愛媛県議会防衛議員連盟による沖縄視察を実施した。
 第15旅団は沖縄県の防衛警備・災害派遣を任務とし、不発弾処理・緊急患者空輸等も実施している。また、広報資料館の戦史ジオラマは、沖縄戦について公正に伝えている。
 旧海軍司令部壕は通路が縦横に張り巡らされている。幕僚室には自決の折の手榴弾の破片跡が当時のまま残っている。司令官大田責少将はじめ幹部6名は米軍の猛攻に自決を遂げた。大田少将による沖縄県民の献身的作戦協力について訴えた電報が残っており、戦後の沖縄復興の根拠にもされている。  第5航空群・海自那覇基地視察では、配備されている哨戒機P3Cは川崎重工によってライセンス生産されており、哨戒能力のみならず攻撃能力も備える。実機の内部も視察した。
 空自那覇基地は、南西航空混成団等の空自部隊の他、陸自、海自の部隊並びに国交省那覇空港事務所の一部が混在する基地で、飛行場は国交省が管理する官民共用空港である。南西防空区域における唯一の航空基地として重要な役割を果たしている。  空自第83航空隊では、5分待機2機・30分待機2機のF15戦闘機がスタンバイしている。昨年のスクランブルは166回であったが、本年は既にこの回数を越えている。 米軍嘉手納空軍基地は極東最大の空軍基地で、米国人1万8千名、日本人4千名が「チームカデナ」を形成。広報担当からは東日本大震災時のトモダチ作戦への対応から、あらゆる極東の危機への対応が準備されている旨、力強い報告があった。同盟国との共同防衛について理解を深めた。
 嘉数高地において死闘の末日本軍は後退。米軍も「いまわしい丘」と恐れた程に両軍共に多くの尊い人命を失った激戦地。この嘉数高地にある展望台から普天間飛行場を眺望、オスプレイ等を視認した。
 拝時に沖縄県平和祈念資料館を視察したが、偏向した展示に驚かされた。史実よりもプロパガンダが優先されているようだ。平和教育の施設として問題がある。
 視察の初日、海自護衛艦が中国フリゲート艦から火器管制レーダーの照射を受ける事件があった。公海上でのレーダー照射は「攻撃通告」である。軍艦とは国家。我々日本人は、東シナ海の公海上で頭に銃を突き付けられたのだ。今回の視察では日米同盟が、日本とアジア太平洋地域の平和と安定のために不可欠な基礎であることを学んだ。今後の議員活動に活かして参りたい。

●118号(24.4.1)戸田 幸子(東京都あきる野市秋川地区防衛協会女性部会長)

予備自衛官雑感
 数年前、青年会議所が主催する「夢育て講座」という、中学校の生徒に仕事の話をする授業に参加し、そこで地元福生自衛官募集案内所の広報官、同郷の地区隊長との出会いがありました。「入隊激励会」という、当時は聞き慣れない会のお手伝いをさせていただくこととなり、自衛隊に入隊する若者たちの姿に感動し、彼らを導いてくれた募集の仕事にも感銘を受けました。その後、防衛協会に入会させていただき、自身の高年齢が少々気にはなりましたが、資格が社会貢献として生かせるのならと予備自衛官補になりました。
 平成13年度から設けられた技能公募での予備自衛官補訓練は、武山駐屯地・第一教育団第117教育大隊において受けさせていただきました。訓練には医師・薬剤師・IT技術者・電気技師・建築士・通訳・看護師など様々な職種の方が参加し、大学生や、お子さんがまだ幼児という子育て真最中のママさん達や自衛官の奥さんもいて、若い人たちの志の高さに敬服しました。初めて迷彩服を着て、64式銃を持ち、匍匐前進をして肘や膝に立派な青あざができたのも懐かしい思い出です。予備自衛官補訓練を終了し予備自衛官(予備2等陸曹)となった現在は、年間5日間の訓練に参加しています。昨年は朝霞駐屯地・東部方面衛生隊において精神教育、射撃検定、ヘリコプター患者搬送、野外病院設営などの大変に有意義な訓練を受けさせていただきました。
 先日、同期の予備自衛官間でのメーリングリストで「今日、就職試験を受けに行って、予備自衛官のことを話したら、そんなのやるんだったら、よそへ行けと言われました。皆さんは訓練に参加する時どうしていますか」という大学生からの質問メールに、様々な意見が交わされました。予備自衛官を取り巻く社会環境は厳しく、招集訓練への参加は個人の努力の上に成り立っている場合が多いようです。予備自衛官制度への理解が深まっていくことを望みます。
 昨年は、即応予備自衛官、予備自衛官の仲間と隊友会を通して福島市の除染ボランティアに参加しました。予備自衛官として即応予備自衛官から学ばせていただくことが多くありました。彼らは現地の方々から頼られ、ボランティアのまとめ役としてリーダーシップをとり、力仕事等を率先して行っている姿は本当に頼もしく誇りを感じました。
 予備自衛官になって良かったことの一つは、自衛官募集相談員として、若い人たちに実体験を交えて自衛隊の話ができることです。今後も地域の方々と共に自衛隊の支援活動を行っていくとともに、予備自衛官としての練度を高め、招集に応ずることができるように備えていきたいと考えております。

予備自衛官補招集教育訓練

●114号(23.4.1)栢野 倫秀(備前岡山支部青年部部長)       

若い世代に自衛隊支援の輪を
地道な活動を続け若い世代に自衛隊支援の輪を広げたい


 日々の生活の中で、感謝の思いをふと忘れてしまう時があります。  
 私達が豊かに過ごせるのは、大東亜戦争で命と引き換えに国を護ってくださった多くの先人、命を繋いで戦後の日本の礎を築いてくださった諸先輩方のお陰です。満たされているが故に大切なことを忘れてしまう弱い私です。平和に暮らせる、平凡ですがとても大切なことです。その平和の根幹を、黙々としかし熱い心で支えて下さいます自衛隊の皆様方に対して感謝と尊敬の念を忘れず過ごしていきたい、またその心を若い世代に継承していきたい、その思いを持って、備前岡山支部青年部として活動していきたいと思っております。
 私達は定期的に行われています勉強会を通じて、防衛諸問題に対してより深い見識を高める活動に取り組んでおります。
 今後とも地道に活動を続け若い世代に自衛隊支援の輪を広げていきたいと思います。これからも備前岡山支部青年部のご支援ご鞭撻の程、宜しくお願いします。

●113号(1)(23.1.1)森田良子(大阪防衛協会会員)

自衛隊へのリクエスト


 第三師団や千僧駐屯地の記念行事は、毎年大勢の来場者で賑わい、訪れた人達は皆、とても楽しそう です。
 昨年の中部方面音楽隊定期演奏会では、沢山の高校生達も楽しんでいました。  
 自衛隊は、いつの間に一般人の扱いが、こんなに上手くなったのかしら。 行事の進行や来場者のさばき方など、民間のイベント会社以上の円滑さです。
 これは部隊の方達が、甘い予想を立てたりせず、正面からきちんと行事に取り組まれた成果だと思います。
 たくさんの人を集めて大きな行事を安全に滞りなく運ぶには、実行する側の一人一人に危機管理の意識が必要なのでしょう。
 平和で安全が普通だと思われがちですが、それは本当に得難い事で、少しの油断から、とんでもない事が起きる様です。  
 「ゆうパック遅配問題」は、準備不足と不十分な対応が混乱を拡大して顧客に迷惑をかけました。 「不慣れな職員がおり、手違いが重なった」と、現場に責任を押し付ける郵便事業会社を見ていると、ココ、また同じ事をヤルだろうなぁ〜、が私達の感覚です。
 官僚主導からの脱却を唱える政治家も、かなり危ないものです。普天間基地移転問題の迷走は、その典型でしょう。  
 この二つに共通するのは「現場の状況を全く把握していなかった事」です。
 現状を正確に把握し、現場を盛り立て、磐石の備えで国民の信頼を培うのが政治家・官僚の責務です。慢心しているヒマはありません。がんばって頂きたいと思います。
 さて、自衛隊へのリクエストです。
 これからの日本の為に、自衛隊はちゃんと報いられなければなりません。  
 国際平和協力活動で日本の代表として世界の平和と安全の維持に取り組んでいることに。
 国内の様々な災害に昼夜を問わず迅速に対応してくれることに。
 国と国民を守り、地域を支えてくれることに。
 その活動にふさわしい報酬と感謝を、国民から受けられる様に、社会にアピールして下さい。いつか評価してくれるだろうと待っていてはいけません。自衛隊はこのままじゃ困るんだ、と言って下さい。
 アピールの一つとして、テレビなど取材番組があります。自衛官が奮闘する報道は私も大好きで、見ると感動するのですが、また別のアピールも必要だと思います。
 『ジェネラル・ルージュの伝説』という小説で、救急医療現場に好意的に作られた取材ビデオを見た医療責任者は、放送を承諾しません。
 「今、ここであんな番組が流れたら、上層部や市民はこう思う。
だろう。救急現場は大変そうだけど、まだ頑張れそうだ。現状でここまでやれるなら、このまま見守ろう。そして結局何もしない。救急現場を死守して擦り切れて壊れていく俺達を美化されては困る。いい出来だからこそ、あんな番組を流されては困るんだ」
 これは救急医療の話ですが、「上層部や市民」を「政治家や国民」に、「救急」を「国防」に変えたら、そのまま自衛隊の話になりませんか?
 「自衛官は忍耐だ」と伺った事がありますが、自衛隊が壊れて困るのは私達、国民です。
 大阪には「三方得」という言葉があります。商売で「良い品物を手に入れるお客様の得」、「儲かる商人の得」、「経済が活気付く世間の得」この三つが揃って、皆が良くなるそうです。
 私は自衛隊にも、この「正のスパイラル」を作って欲しいのです。  
 平和と安心を享受出来る私達の得。
 国民から十分に報いられる自衛隊の得。
 国防や軍事にきちんと取り組む事で、新しい物差しを得て、大きく世界に踏み出す日本の得。
 自衛隊が防衛や危機管理の専門家として国や地方自治の運営に関わるのも必要です。せっかくのプロなのに勿体無い。これもエコでしょ?
  そして、自衛隊の勤めを無事に果たした方達は、国民の感謝と尊敬を受けるべきです。春と秋の褒章は、ぜひ受けていただきたい。自衛官と自衛官を志す若者達の誇りと目標になると思います。
 報われた事を基に、より一層良い仕事をして、お客様である国民と世間に元気をお返しすれば良いのです。皆が「元気の輪」に加われば、日本は本当に良い国になるでしょう。
 ただ、このリクエストが実現して自衛隊が国民から報われる様になっても、自衛隊の任務はラクにはならないでしょう。国民の期待と負託に応える為に、より厳しく、しんどいものになるかも知れませ ん。
 しかし、その重圧を乗り越えたら、日本と自衛隊に新しい時代が到来すると思います。
 小さな物事もあなどらず、一つ一つ実績を積み上げて来た自衛隊なら、大丈夫です。
 自衛隊こそが日本の元気のもとだ、と言われる日を私は待っています。

●113号(2)(23.1.1)田中 星月(東京 小平市防衛協会会長)

緊迫感のある政策を



 小平市は、自衛隊の前身、警察予備隊の創設の地です。当時の東京地方警察学校(現関東管区警察学校)に各地で合格した隊員たちが入校し数日間の訓練の後、部隊編成して旧国鉄国分寺駅から貸切列車で各地の部隊に配属されたと先輩から聞いております(私も平成6年まで同校職員として在籍)。  
 警察予備隊、保安隊、自衛隊と、つぶさに見て来た私にとって、自衛隊の存在は人一倍の感があり ます。  発足当時、軍国主義の復活と悪評する国もありましたが、現在では災害のたびに周辺国から頼りにされ、防衛の為の平和部隊と認められていると思います。
 むしろ平和に暮らす内に、近隣諸国の軍事力の増強等、我が国ももっと緊迫感のある政策を考える時期に来ているのではないかと危惧する昨今です。起こった事が瞬時に全世界に発信される時代です。
 自衛隊の装備はこれで良いのか、これで国を守れると考えるのか。自分で手足を縛ってはいないか。隣国では他国への攻撃を目的に軍事力を着々と整備しているのに、我が国は平和に酔い痴れていて良いのか。やがては来るであろう国家間の危機にどう対処するのか考える時期に来ていると思います。戦前生まれの私が心配しても、戦後生まれの自衛隊の皆様に頼るしかないのです。
 今は地球の裏側の一兵士が机の上の操作で、ゲーム感覚で敵を攻撃できる時代です、敵が来る前にミサイルが飛んでくる時代です、日本も実際は平和ではないかも知れません。
 自衛隊を支援し隊員たちが誇りを持って活躍できるよう後押しできればと常日頃思いを深めています。平和に休眠中の大和魂を起こすなと言う事でしょうか。
 小平市の防衛協会は発足当時から七百余名の会員を有する大きな協会ですが、世代交代の時期に来ております。役員として一人でも多く次の世代を誘い込み協会の発展の一翼を担えればと思っている昨今です。

●112号(1)(22.10.1)大越康弘(全国常任理事)

上海万博で感じたこと

  

 6月30日から上海万博見学をメインにして中国に行って来た。万博会場は川を挟んで広く、無料バス或いは船での移動であった。会場内は、35度以上の猛暑で人並みで溢れ、日本館に入るのに4時間近く並ぶこととなり、入ったとたん疲れが出、ごったがえす会内を早く出て休みたくなった。
 日本館は日本を紹介したもので我々日本人にはどうということはなく、こんなことなら中国館に並ぶんだった、と悔やまれた。しかし、他の国の館もたいしたことなさそうで、この万博は中国が大過なく実施できて先進国の仲間入りしたことに意義を見出しているように思えた。
 万博に来ているのはほとんど中国人で、西洋人はあまり見かけなかった。万博に押し寄せた中国人は、自国が発展し、諸外国に誇れるイベント、現実を自分の目で確認し、満足しているようにも思えた。確かに北京、上海とも高層ビルが乱立する大都会になっており、日本で聞かれるように経済が発展し続けていることがわかる。これも共産党のおかげと中国の国民は思っているのであろうか。
 北京の天安広場の毛沢東廟には地方から出てきた人々が毎日何万人も詣でるとのことであり、上海街内の共産党草創期の毛沢東等の集会建物への見学も長蛇の列でかなわなかった。
 バス旅行で上海、蘇州、北京の都市を回ったくらいで何がわかるということではないが、上海、北京のバスにカメラを持った中国の若い女性が同行した。観光見物中スナップ写真をとっていたが、最後に気に入った写真を買ってくれということになったが、ガイドがいうにはこの女性は都市の戸籍を持たない農村からの出稼ぎで、田舎には小さい子供を残して都会では自前で宿を借りて住んでいるとのことで、それを聞かされるとそれほど欲しくない写真でも買わざるを得ない気持ちにさせられた。人の良い日本人相手の商売上手ということか、それともよく言われる農村と都会の格差の現実を見たということ か。
 上海から帰る予定の夕方の空港、飛行機に乗り込んだが激しい雷雨のため離陸できないとのことで空港バスでターミナルに戻る途中、着陸する航空機の通路を横切るため長時間待たされたバス内で、何人もの中国の若い女性が運転手に向かって飛行機の通過の合間に横切れと罵声を浴びせているのが目の前で目撃された。中国の女性は革命後強くなったと聞くが、改めて自己主張が強いことが痛感させられた。北京で離婚率が51%と聞いたが、むべなるかなとの印象でした。
 中国の人口は13億人余りといわれるが、中国人のガイドは17億人と言っていた。公然の秘密なのであろう。一人っ子政策で国籍を持たない人が3〜4億人もいることになる。中国の統計は人口に限らず、経済・社会事象でも国防でも信用できず、都合のよい数字を公表しているといわれる。大国化しつつある中国を隣国に持つ我々としては、中国の実態、行く末を数字や表面事象にとらわれず、注意深く見つめていく必要があると痛感して帰ってきた。

●112号(2)(22.10.1)渡邊元旦(全国常任理事)

九州・沖縄地区防衛協会所西部研修大会に参加して

 去る9月3日(金)、九州・沖縄地区防衛協会女性部会(会長:山西三重子宮崎県女性部会会長)研修大会が、日本三大松原のひとつ「虹の松原」の一角にある唐津シーサイドホテルで、同地区防衛協会連絡協議会「佐賀大会」に先立って、約300名の会員の参加を得て盛大に開催された(同女性部会は平成6年に発足し、翌7年以降各県持ち回りで毎年「研修会」を実施し、女性の立場から「国を守る気概」を訴えるとともに同地区の自衛隊に対して親身の支援を行うことを確認し、誓い合うこととしている。今年は佐賀県女性部会〈新原玲子会長〉が担当)。
 今回は、北朝鮮拉致被害者家族連絡会の横田滋・早紀江ご夫妻に「ブルーリボンに祈りをこめて」と題してご講演いただいたが、会員一同、横田ご夫妻の約30年に及ぶ悲しみやご苦労のお話を厳粛に拝聴するとともにこれまでの歴代政府の無策ぶりに暗澹とした。
 懇親会においては、出席者約400名の7割を女性部会員が占めるなど「ウーマンパワー」を遺憾なく発揮、木崎西方総監、小野田西空司令官はじめ自衛隊幹部との懇親を深めるとともに、最後は担当の佐賀県女性部会全員による盆踊りに多くの出席者が飛び入り参加、会場が更なる熱気に包まれる中、来年の「大分大会」での再会を誓い合って閉会した。
* 研修大会に初めて出席しましたが、九州・沖縄地区の女性部会が力を合わせることによって、大きな目的のひとつである「地区に所在する自衛隊に対する親身の支援」をより効果的に実施することができることを目の当たりにし、まさに「ウーマンパワー」の凄さを体験しました。連合会女性部会の皆様のこれからの活動のご参考にしていただければと思います。

●111号(22.7.1)小澤 園子(京都)森田良子(大阪防衛協会会員)

米海兵隊との実働訓練に参加して
第三師団平成二十一年度米海兵隊との実動訓練に参加して

 安全保障の専門家を目指している私にとって、学生でありつつ日米共同訓練に参加できる技能公募の予備自衛官補制度は、願ってもないものでした。教育招集訓練を終えて予備自衛官となった四ヶ月後、日本原演習場での米海兵隊と陸上自衛隊との共同訓練の通訳支援に参加する機会に恵まれました。
 着隊した当初は、日本語で聞いてもわからない軍事用語や、説明を受けてもピンと来ない演習の流れに戸惑いました。しかし、する多くの方々のご厚意により、障害処理や超越行動の仕組みなどといった通訳として必要な背景知識を、質問を交えつつ実際に見て学ぶ機会を多く頂くことができました。今回通訳として貢献できた場面は、翻訳やナレーションなど事前準備が可能なものに限られましたが、次の機会に向けての心構えを涵養できたと思っています。
 また通訳業務だけでなく、自衛官と海兵隊の方々がどのようにして演習に励まれているかを直接拝見し、それぞれのお仕事に関するお話を伺うことができたことも、大変貴重な経験です。災害派遣やPKOは、報道等で華やかなイメージがありましたが、その陰には厳しい環境の中で任務を遂行される隊員の方々の苦労があるのだと知ることができました。今後ニュースを聞く際には、そのことを必ず想起しようと思います。
 ただ、予備自衛官の運用に関しましては気になる点があります。指定された条件を満たして予備自衛官補として採用されている私たちですが、専門の教材にあたることなく、年に五日間の出頭で即座に軍事英語という、一般の英語教育では触れることが難しい分野に対応することには困難が伴います。情報保全等さまざまな制約があるとは思いますが、教材や招集頻度の面で自由度が広がれば、よりお役に立てるのではないかと感じました。
 最後に、関係者の方々に厚く御礼申し上げます。
(同志社大学文学部国文学科四回生京都地本予備三曹)

●110号(1)(22.4.1)森田 芳子(大阪)               

自衛隊激励・慰問研修「女性自衛官は太陽です」



 千僧駐屯地の中庭に、正帽を被った制服姿の女性自衛官50人が整列している。ピシッと背筋が伸びた姿勢には圧倒される。
 促されて前に立つと、号令と共にキリッと締まった敬礼をして下さった。  
 少し冷たい風が吹いているが、全く姿勢が崩れない。ずっとこんな感じだと、ちょっと話し難いかも…と思ったが、記念撮影の時に私達と同じ様に戸惑う様子が見えたので、ホッとした。
 写真撮影の後、会議室で講話を聴く。再び、全員がピシッとした雰囲気…どうやらONとOFFのケジメが明確な人達らしい。
 向かい合って席に座ると、着席した女性自衛官の椅子の下に、それぞれの正帽がチョコンと正面を向いて並んでいる。正帽も一緒に講話を聴いているみたいで、物凄く可愛い。
 食堂に移動して昼食。セルフサービスの列に並ぼうとしたら、別室に用意されていた。月曜日の駐屯地は麺類だそうで、きつねうどんと鯛飯、五目豆と白玉団子(本日の隊たいメシめしは鯛たい飯めし?!なんちゃって)。
 女性自衛官達と懇談しながらの会食で、質問すると気さくにハキハキと答えてくれる。間近で見ても皆、肌がピカピカして羨ましいくらい。そして、やっぱりファッションやオシャレが大好きなお嬢さん達だ。
 もうすぐ演習があるそうで「体力をつける為に、毎日7km走っているんですよ」と言う。世間の女の子達はクリスマスに向けてソワソワする季節だが、女性自衛官は寒くても万全の体力で訓練に臨むそうだ。自分の仕事に誠実に向き合う律儀さは、まさしくプロだと思う。 これが女性自衛官のONとOFFのケジメなのだろう。
 次の伊丹駐屯地では中部方面総監部庁舎前の広場に、40人の女性自衛官が整列して待っていて下さった。寒いのに、マタニティウェアの方もおられ恐縮する。ここでも、敬礼を頂いて写真撮影。 その後、庁舎3階の会議室で7人ずつテーブルを囲んでの茶話会。自衛隊での職種は色々だが、仕事には大切に正直に向き合っている事が、ベテランから若い方まで全員に共通している。
 今回、訪問させて頂いた千僧及び伊丹駐屯地は女性自衛官が多い駐屯地との事だが、自衛隊全体では女性自衛官は5%しかいないそうだ。実は、私が勤めていた会社のOL比率も5%だった。経験から言うと、この少数の女性達が会社の雰囲気や外部に与える印象を左右する。OLがイキイキして良く働く会社は明るいのだ。
 最後に健康診断を兼ねて川西駐屯地の看護師の方達を訪問し、女性自衛官の役割は益々大きくなると思った。 今、自衛隊は海外での活動も任務となり、国際的に注目されている。内外で困難に遭遇した人は自衛官の強さと明るさに勇気づけられる。自衛隊への信頼や感謝は、そのまま日本へのあこがれになる。自衛官は外交官でもある。
 松川女性部会長は講話で「一隅を照らす」と言われた。自衛隊の活動は困難に遭った人達に安全や安心という光をもたらすことだと思う。明るくて律儀な女性自衛官は、その活動を体現する存在なのだ。自衛隊という大きな組織の中で、自分を十分に活かして欲しい。
 日本は「日出づる国」であり、女性はもともと太陽なのだから。

●110号(2)(22.4.1)戸田 幸子(東京)

女性部を立ち上げたい



 私は総合病院で勤務する看護師で、日々患者様と接してやりがいを感じています。ナイチンゲールに憧れる私には、看護師は天職です。
 そんな私は、昨年、「社会に貢献できる新しいカタチ」という予備自衛官補の募集案内を見て、看護師技能をもっと幅広く国や社会に生かしたいと思い、予備自衛官補(技能公募)に志願しました。
 9月、初めての教育召集に参加しました。各地から集まった様々な職業の仲間が、オフの時間を活用して国や社会に貢献したいという熱い思いを持っていることに大きな感激と励みを得ました。
 志願の過程を通じて地方協力本部の自衛官や防衛協会、更に自衛官募集相談員の方々とも知り合いました。昨年秋の「あきる野市産業祭」では、防衛協会主催のイベントにも参加させて頂き、会員の皆さんと一緒に、地域の人々に国防の重要性や自衛隊の活動などを紹介することが出来ました。
  防衛協会員としても日ごろの活動を通じて国や社会に対する貢献できることがわかり、早速、あきる野市(東京都)の秋川地区防衛協会に入会しました。また、市長及び東京地本長から同市の自衛官募集相談員を委嘱されました。
 こうして、昨年は予備自衛官補の志願、防衛協会への入会、自衛官募集相談員の委嘱などで慌しく過ぎましたので、今年からが本当の活動開始だと思っています。
 今年の目標は、看護師として最新の看護技術を修得すること、2回目の教育召集に参加して予備自衛官となること、防衛協会員として女性部を立ち上げ女性会員増で活性化を図ること、更に募集相談員として高校生に自衛隊の魅力をPRして一人でも多く志願してもらうことです。
 私のオンは、患者様の回復のためのお世話をする看護師。そして、私のオフは、防衛意識の啓発のために活動する防衛協会員、若者に自衛隊を紹介する自衛官募集相談員、そして国と社会に直接的に貢献する予備自衛官補です。今の私にとってオンもオフもとても充実しています。それは「国と社会に貢献」している実感が持てるから。


予備自衛官補たちと(前列左端は筆者)

●109号(1)(22.1.1)小倉 和彦(宮崎県自衛隊協力会青年部会宮崎支部長)

韓国研修所見
平和は「血と汗と決意」で 白将軍談

38度線「トラサン展望台」で白将軍(中列中央)を囲んだ研修団(後列右端筆者)

 全国防衛協会連合会創立20周年記念行事の一環として昨年実施された「韓国研修」に参加しました。研修最大の収穫は、朝鮮戦争伝説の英雄白ペク善Yソンヨプ将軍との邂逅です。当初の行動予定には明記されていなかったので吃驚し、かつ大変感動しました。
 将軍は1920年、当時日本に併合されていた北朝鮮に生まれ、満洲国軍官学校卒業後軍務につき、陸軍中尉で終戦を迎えられたそうです。  
 50年の朝鮮戦争勃発時は第1師団長として勇戦され、釜山橋頭堡の多富洞の戦いでは、自身マラリヤ高熱の中「2日間補給がない中よく耐えた。だが我等にもう退却する処はない。今から突撃する。私が気後れしたら、躊躇せず撃て」と部下に命じ、自らが先頭に立って逆襲し、おおよそ2.5qを全速力で駆け抜け北朝鮮軍を撃破したそうです。
 将軍の部隊が無訓練の農民兵に対し、北朝鮮軍は八路軍を含む精強な正規軍で、近代軍の戦史上例を見ない勲功として、国内外の高い軍事的評価を得ています。  
 将軍が板門店会議室の中で、回想と共に語られた「平和は念じるだけでは手に入らず、自ら流す血と汗、そして決意が必要です」との言葉は本当に印象的でした。  
 また、韓国在郷軍人会との交流は貴重な体験でした。同軍人会には韓国民(4833万人)の約18%に当たる850万人が在籍し、韓国政府から年間400億ウォンの支援を仰ぐ巨大組織だそうです。そのカウンターパートが防衛協会という説明に何だか気恥しく、心中密かに組織拡大を誓いました。  
 惜しむらくは、新型インフルエンザの影響で、一番楽しみにしていた韓国軍記念行事のパレード等を見ることができず残念でしたが、次回の楽しみにとっておきます。  
 かつては「近くて遠い国」と言われた韓国は、民主主義や自由経済で価値観を同じくする台湾と同様に、アジアの重要なパートナーです。一衣帯水の地政学的関係にある国同士が成熟した交流を図るためには、相互の信頼醸成が最も大切で、今回の訪韓で隣国をより身近に感じられるようになりました。

●109号(2)(22.1.1)京都地本

防衛フォーラム大学生防衛フォーラムを実施
防大開校祭に合わせて


 第三師団熱心に意見交換する大学生達

 防衛フォーラムは京都地本(大田内本部長)の支援を受けて、毎年、防衛大学校の開校祭に合わせ、防大・京大生等が相互に安全保障について啓発する目的をもって意見交換する事業で7回目である。
 今年は防大生10、京大生7、早大生7、立命館大生1の計25名が参加、「東アジアにおける安全保障について」をテーマに、防大生・京大生が発表し、その後ディスカッションを行った。白熱した議論が2時間半に亘って行われたが、学生たちにとっては有意義であったようである。
 関係者は事前に陸海空自衛隊の部隊などを研修し、防大では宿泊と学生の訓練展示や開校祭での棒倒しなどを見学するなどの体験をして参加。
 学生たちは、「勉学だけでなく、厳しい訓練や規則正しい生活を強いられる生活にも拘らず、素晴らしい討論が出来る防大生に尊敬の念を抱いた」、「現場に立つ人の声は説得力があり、現実主義でも理想主義でもなく、経験を踏まえて未来を展望する姿勢が感じられた」などと話していた。(以上京都地本広報室)               所見2題
■漠然としたテーマに不安であったが、役割分担し調べていく過程で自分なりの考えを持ち発表できた。今までは報道されている程度しか知らなかった日本、中国、アメリカ、東アジア諸国の関係について、多面的な角度からの知識を得たと思う。  
 また、将来幹部となって自衛隊を引っ張っていく防大生の考え方に触れ、議論することが出来たことは、自分なりに日本を取り巻く環境を考える上で大変意義あることであった。  
 開校祭は一般大学の学祭とは雰囲気が全く異なり驚かされることばかりであったし、防大生の日常生活は想像していたよりもはるかにストイックなもので、自分は耐えることができるだろうかと思うと恥ずかしい気分になった。
(京大・菅村昇)
■ これからの日本外交を考えていく上で東アジア共同体、日米、日中関係はそれぞれ重要な事柄だと思う。これまでのアメリカとの長年の付き合い、ますます拡大する中国、東アジアと関係が深まる日本という、これからの国際社会を考えるに当って、それらを抜きには考えられないことばかりです。  
 今回は中国の国内問題等を踏まえて考察していきましたが、経済関係では日本は中国を含めたアジアとより深く関係を築いていく必要があるが、安全保障面では中国との深い信頼関係はないので、歴史的に考えても米国との同盟を維持していく必要があると言うのが大勢の意見で、同意です。  
議論を通じ印象深く感じたことは、当然でしょうが防大生だけあって安全保障を疎かにする考えがなかったことでした。
(京大・中原一弥)

●108号(1)(21.10.10)野々口弘基(青年部会)

最後のビザなし渡航?


 北方領土の国後、択捉をビザなし交流で7月6〜10日の間訪問した。「ロサ ルゴサ」という小さな旅客船の4階601号、幅80p、長さ190pの2段ベッドが8人分あるカーペットルームに11人が4泊した。船からは艀はしけで上陸、島内行事を済ませると船に戻る毎日。 
 旅券が不要とは言え、外務省職員が持参した参加者の写真付き身分証明書で、ロシア側の担当者が一人ひとり点呼しながら艀に乗り移る度に確認。
 一行は、学識経験者(海洋学・領海問題・鳥類・漂流物などの専門家)、国会議員、外務官僚、北方領土問題対策協会、防衛団体、マスコミ、元島民、学生、通訳、医師など65名。
 島内では、墓地清掃(択捉)、漂流物調査(国後・択捉)、交流イベント(同)、対話集会(択捉)、ホームビジット(同)などが予定されていたが・・・。
 二日目、艀スクリューに鉄線が巻き付くトラブルにより、「入域」手続(日本側はロシアへの入国では無い事からこのように呼ぶ)が4時間半遅れる。国後上陸後3グループに分かれ短縮された活動後、全員が島の体育館に集合し、ビザなし交流では初の、日露合同即席ファッションショーを開催。団員のファッションデザイイナー、スタイリスト、メークアップアーチストなどの発案で実現した。衣裳や靴など持参し、モデルは予め衣裳のサイズを伝えロシア側にお願いした。 



 その後商店視察をするが、道路は車が通れば白煙で見えなくなるような砂利道で、さながら西部劇の映画のセットにいるようで、看板も地味で扉を開けて商店と分かる程度だった。友好の家(通称ムネオ ハウス)での夕食交流会後、船に戻り択捉へ向かう。
 約10時間後の翌朝、択捉に着く。再び艀のトラブルで上陸が3時間遅れた。2日も同じようなトラブルが続くと、不信感を持つようになる。
 上陸後、択捉島を管轄するクリル地区ラズミシキン行政長を表敬すると、「ロシア固有の領土であるクリルの島へようこそ」と挨拶し、私達日本側を驚かせ不快にした。北方4島を日本の固有の領土と明記した改正北方領土問題解決促進特別措置法(北特法)への反発をあらわにし、「法律を取り消さない限り、今後のビザなし訪問は受け入れられない」とも。
 鈴木宗男衆議院議員が突然立ち上がり「法律は日本国内の地域振興が目的で、対象となる地域への財政支援などを可能にするもの」、「ビザなし交流は国と国の合意、地区の行政長が決めるべき事ではない」と反論。日本でいえば、政府、都道府県、市町村のような関係だろうから、国と国の約束を市町村が勝手に変えていいはずは無い。(さすが宗男先生!)
 島のロシア人が全て反日とは感じなかった。墓地清掃後、13家庭に分かれてホームビジット。私が訪問した家庭の母親は、「ガーデニングの大会で北海道に行ったことがあり、是非孫娘も日本に訪問させたい」というように、大半が友好的だった。
 北方での最終日は悪天候のため下船できず沖合で待機したが、天候回復が見込めないため残された行事全てを中止して国後島へ引き返す。出域手続き後、根室港へ。
 今回のビザなし渡航中、サミットで麻生総理がメドベージェフ大統領と会談した。北方領土問題でロシア側から新たな提案が有るとの期待も有ったが、何もなかった。大統領は具体的提案が難しい理由として、「ロシア議会を中心に“北特法”に対し激しい反応が出ている」と指摘した。国内経済の低迷、各地でのデモ、失業者の急増などで内政に影響を受け、議会の強硬論に配慮したのではないか。  
 麻生総理もロシア側に「北方領土問題で進展を図る用意がないなら、アジアにおける日露のパートナー関係を構築するのは難しい」と反論した。  
 今後我が国も領土問題解決手法として、エネルギーなどの相互にメリットが有る分野は積極的にかかわるにせよ、経済協力だけが先行し、領土問題の本質が置き去りにされたり、1992年に始まった日本人とロシア人の相互訪問(四島交流)が無駄になるような事だけはあってはならない。

●108号(2)(21.10.10)石嶺 邦夫(沖縄)

沖縄県防衛協会の結成経緯



 昭和45年10月7日午後1時半、中曽根康弘防衛庁長官(当時、以下同じ)がランパート米国琉球列島高等弁務官に迎えられて、米国施政権下の那覇空港に降り立った。本土復帰前に誕生した隊友会(石嶺邦夫会長)会員25名が栄誉礼で出迎える。その頃、空港表玄関周辺は長官来沖反対を叫ぶ抗議集団で騒然たるデモの渦に包まれていた。  
 弁務官主催の長官歓迎レセプションに、本土復帰準備要員として外務省に派遣されていた三木秀雄2陸佐と出席した折、長官から「沖縄は近いうち本土復帰する。部隊移駐に備えて協力会を作って欲しい」と要望され、感激と共に決意を新にする。
 数日後、「YS‐11を差し向けるので協力会要員を自衛隊中央記念式典へ参列させられたい」旨の長官案内状が届き、又々感激。10月30日午前、國場幸太郎(国和会)、具志堅宗精(琉鵬会)、大城鎌吉(大扇会)、宮城仁四郎(琉展会)各会長、亀島入徳OTV社長、松島寛容・長嶺文雄両社長をはじめ、青年会議所会員、高校生、一般有志及び隊友会員等、総勢43名が那覇空港を出発した。市ヶ谷会館(東京都新宿区)に於いて防衛政務次官主催の歓迎昼食会があり、席上記念の銀盃を贈られた。
 翌日、神宮外苑で開催された自衛隊中央記念式典をVIP席で参観、迎賓館での長官主催記念祝賀パーティーに外国駐在武官夫妻共々列席させて頂く。滞在中は初代沖縄地連部長に就任された又吉康助2陸佐の案内等、至れり尽せりの接遇を受けた。  
 翌46年2月、北中城村のパラダイスガーデンで協力会結成への取り組みについて話し合い、國場幸太郎商工会議所会頭を会長予定者とし、新里次男経営協専務理事を事務局長としてスタートした。
 両氏の人望と熱意で作業は進展し、昭和47年3月、「沖縄県自衛隊協力会設立総会」の開催にこぎつけた。國場幸太郎会長、宮城仁四郎(生産性本部)、仲吉朝興(経営者協会)、松川久仁男(経済新聞)各副会長、新里次男常任理事及び20名の理事・監事等が選任されて沖縄県自衛隊協力会が発足したのであった。  
 昭和47年5月15日、沖縄の本土復帰が実現、自衛隊配備に伴う諸活動と同時に北部支部を初め各市町村支部の結成へ奔走、昭和48年9月、役員会に於いて松川久仁男氏を事務局長へ、協力会を「防衛協会」へ名称変更、ここに「沖縄県防衛協会」が誕生した。  
 中曽根長官の先見の明に改めて思いを致し、40年前に頂いた破格の配慮に深基なる感謝を申し上げたい。また長官の配慮を真に理解しておられた初代國場会長ならではの取り組みと、会長の「信念・真摯な人柄」が県防衛協会の基礎を築き、歴代会長、役員の献身的な努力も相俟って今日がある。
 いま、沖縄県防衛協会は奇しくも初代会長の甥に当たる國場幸一氏(那覇商工会頭)を会長に、他に例を見ない生い立ちに誇りと感謝で一致団結、会の目的具現に努力しているところである。


レセプションで説明する筆者と三木2佐(右隣)

●107号(21.7.1)沢本 和容(東京都奥多摩防衛協会事務局長)

防衛意識の高揚が喫緊の課題



 東シナ海のガス田開発問題で日本側が主張する中間線論を中国が認めないまま、わが国は資金協力の形で参加した。この事実は、東シナ海は沖縄トラフまで中国の海だという主張を認めたも同然で、経済だけに目を向け、領土を守ってゆくという気迫に欠けている。
 また尖閣諸島は、沖縄県石垣市に所属する日本固有の領土であることが国際的にも認められているが、国の主権が存在しない気がしてならない。 近い将来、中国の空母が東シナ海を遊弋し、席巻する雰囲気である。世界に誇る海上自衛隊は遠くから見ているだけで何もできない。
 竹島問題に至っては、「国土」や「国家の主権」とは何かを国民に問いかけている。韓国ではトクド(「竹島」の韓国呼称)の歌まであり、新鋭軍艦にもトクドと名前を付けたと聞く。
 北方四島返還要求運動については、東京でアピール行進や全国大会が開催され、奥多摩町防衛協会も宇佐美会長以下有志が参加した。(編集者註:前号に関連記事)
 わが国にとって、EEZの保全は海洋資源の確保等、国益に関る問題である。広く国民世論を盛り上げ、その総意のもと、国家の主権により、早急に領土と領海を保全する事が重要であると思考する。
 会社勤務間、英米加をはじめ、北欧・東南アジア諸国、中韓等の国々を訪問したが、どの国も軍隊を保有し、軍人を尊敬し、国旗と国歌を大事にしていた。
 特に東南アジアの人達は、日本のおかげで今の独立と生活があるという人が多く、村山談話にある植民地支配と侵略によって多大の損害と苦痛を与えたという捉え方をしていなかった様に思う。
 中国で知り合った大学生S氏は、過去は過去であり、今は祖国発展の為に日本のハイテク技術と文化、伝統を学び、中国国家に貢献できる人になるという強い意志を以って日本語学科で勉強している。
 フィンランドではトーゴービール(缶)を目にしたが、日本海海戦(日露戦争)を勝利に導いた連合艦隊司令長官東郷平八郎元帥に敬意を示した為と聞かされた。ラップランドに住むT氏は、日本のハイテク技術を高く評価していたが、国際貢献度の評価は低かった。
 今、田母神前航空幕僚長の『自らの身は顧みず』が十六万部を突破し、ネット支持は六割を超えている。氏は、自衛隊は武士道精神が息づいた素晴らしい組織であると信じて来たこと、隊員には公に奉仕する強い志がなくてはならないと指導してきたこと、また国家的防衛の基盤は愛国心であると明言している。この言葉に賛同を覚える。
 自衛隊員諸氏の日夜の訓練と活動には深く頭が下がる。国を守る熱き志が愛国心となって表れている。愛国心とは、家族・同朋と同時に国の文化・伝統、芸術、自然をも愛し、守り抜く心を持つことではないだろうか。
 わが国は森林率が67%を誇る。また、春夏秋冬の四季があり、水が清らかで美しい国である。私はそのような日本が好きである。
 指導者は強い愛国心と国家意識を持ち、対外的に主張すべきところは主張し、美しき国、日本の国益を守る努力を更に押し進めて頂きたい。
 そのためにも、明日を担う若者と共に、国際的視野から歴史認識を正しく見直し、自衛隊員諸氏の活動に尊敬の念を抱く、バランス感覚を持った、世界に恥じない日本人になりたいものである。
 わが国が国際的に一流の独立国家と認められる為にも、全国防衛協会連合会の要望書の第1項目の「防衛意識の高揚と憲法の改正」が喫緊の課題である。関係各位の更なる奮起を期待したい。

●106号(21.4.1)鈴木 千春(東京特別会員)

託されしもの


特攻隊兵士

 特攻烈士。海から空から、多くの若い命が散った。彼等は九死に一生を期せず「十死」である。あまりに壮烈にして、敵を驚嘆せしめた、尊き日本男子達。
 彼等に会いに回天基地大津島、鹿屋、知覧、加世田(万世)特攻基地に行った。そこで彼等の言葉、言霊を見た。大きく太字で「断米英」、「後に続け」の字。大量の血で書かれた血書。多くの遺書、覚悟の言葉、別れの言葉。
 たくさんの短い人生がそこにあった。幼さの残る笑顔の写真も。彼等はきっと、後に残った日本人が必ず国を建て直してくれることを信じ、出撃したのだと思う。
 死を前に彼等が願っていたこととは?彼等から託されたものとは? 私達日本人はその「思い」に真剣に向き合い、感じなければならない。そして行動しなければいけない。今そうしないともうこの国は自ら滅びゆく。ゆっくりと。国に殉じた先人からの大切なバトンを落としてしまいそうだ・・・。
 先日、世田谷特攻観音を訪ねた。そこで陸海の元特攻隊員の方と出会った。ご高齢にも関わらず背筋がスッと伸び、素敵な紳士達。どれほどの悲しみや悔しさを抱えて生きてこられたのか、辛さを微塵も見せない優しい紳士達だった。
 貴重なお話を聞かせていただいた。もっとお話を伺いたい、どんな戦争だったのか、どんな戦場だったのか、どんな戦後だったのか、先に散った戦友はどんな方々だったのか、今の日本をどう思うか、聞きたいことばかりだ。きちんと事実を伺って、正しく次世代に伝えていかなければいけないと思った。私はこの出会いに深く感謝した。
 私は近代史を知らない無知な人間だった。あまりに無知。その「無知さ」に疑問をもった。原因は戦後教育だとわかった。
 なぜそういう教育だったのか。日本人を腑抜けにするためだ。なぜか? 二度と銃をもって立ち上がらないように。なぜか? それほどすごい戦い方、負け方だったから。
 日本を恐れた白人達の容赦なき無差別爆撃、原爆投下がそれを物語る。そしてダメ押しの東京裁判。ことごとく日本を弱体化させる連合国。その結果、今の日本の脆弱な現状。
 すべてがつながる・・・。特攻作戦を「悲劇」で片付けず、「平和、平和」の大合唱でごまかさず、なぜそうなったか? 当時の世界は? あらゆる角度から大東亜戦争を学ぼうと思う。
 桜が舞う靖国神社。特攻烈士、彼等が集まっている場所に行こうと思う。託されたものを探しに。

105号(21.1.1)竹田 義信(予備2等空曹)(京都)        

夜間の富士総火演を見学して
 富士総合火力演習の夜間訓練を、予備自衛官等地域リーダーとして見学する機会を得ました。当日(8月下旬)の富士山麓は冷え込み、天候も不安定で雷鳴も轟く悪天候でした。不安を抱きながら演習場に前進しましたが、演習開始時間には雨も上がり、夕暮れにはうっすらと富士山のシルエットが浮かび上がりました。
 妹のほか、小学生と保育園児の2人の甥っ子を同伴しましたが、訓練開始直後からの照明弾で、手元までが明るくなり、子供達は身を乗り出して戦車に目を向けていました。
 私自身、装備についての知識は殆どありませんが、場内のアナウンスと大型スクリーンにより分かり易く説明してくれました。日中の火力演習とは違い、空挺降下やヘリコプターの編隊などは展示されませんでしたが、戦車の射撃は爆音と共に空気の波動が激しく伝わり、見学者を驚かせ歓声を沸かせました。
 特筆すべきは、暗視装置による車両走行技術で、隊員の練度の高さと日々の訓練の成果が伺えました。表現は不適切かもしれませんが、夜間演習はさながら夏の花火大会のようで、幼い甥っ子たちにも好評で、小学生の甥は夏休みの宿題に戦車と照明弾の絵を描くと言っていました。
 我が国の未来を担う子供たちに自衛隊の存在を微力ながらアッピールできたのではないかと思います。

●104号(1)(20.10.1)鈴木 千春(東京都目黒区)

明日の礎



 日本人として、一度は行かなければいけない!と思い立って江田島〜呉〜広島を旅した。
 江田島海軍兵学校、現在の海上自衛隊幹部候補生学校。整然として赤レンガが眩しかった。教育参考館が改装中だったため仮展示室を見学。幕末から大東亜戦争までの海軍関係の資料が多数あり、中でも特攻隊として出撃した19〜22歳の若い将校達の遺書には胸が熱くなった。
 純粋かつ真直ぐで、覚悟を決めた人間の手紙、血書。自己抑制された文章、そして彼等の見事な達筆さに私は羞恥心を覚えた。
 成熟した精神を持つ当時の若者達と、平和ボケして利己的な現代の若者との断絶感を感じた。本当に同じ日本人なのだろうか? 展示された63年前の若者達の写真、父母兄弟への感謝の手紙、また不安な心に打ち克つため兵学校の行事になぞらえ「宮島遠泳のガンバリだ!」と自らを鼓舞する文字もあった。
 同郷(岩手県)の若者の手紙には親への感謝、礼儀正しい文章のあと、便箋の脇に小さく書かれた文字があった。「お守りとお守り袋を送って下さい」と。
 子供として親に甘えられる最後のお願いなのだろう。最後に見せた少年らしさ。なんと悲しいことか。彼が出撃するまでに親からお守りが届いたことを祈るばかりだ。どうか出撃までに間に合いましたように…。
 別室には歴代の兵学校の集合写真があった。凛々しい白い制服姿の青年達、果たしてこの中の何人が生き残れたのか、切なくなる展示だった。そして彼らが守ろうとした日本は今、あるべき姿なのだろうか? 特攻に出た彼らには今の日本はどう映っているのだろうか? 重い気持ちで江田島を離れた。
 呉、大和ミュージアムでは日本人技術者の不屈の魂を感じた。本気になった日本の技術の結集。世界一の戦艦。歴史に「たら・れば」は禁句だが、もし大和が造られていなかったら、戦後の日本人はもっともっと「誇り」を失っていたかもしれない。多くの来場者を見ると、戦艦大和の存在は戦後も日本人の精神に大きな影響を与えている気がした。日本が技術立国である証。
 広島、原爆ドーム。ボロボロに破壊され尽した無言の建造物から、人々の悲鳴が聞こえてくるようだ。見ていて「怒り」を感じた。心底湧き上がる「怒り」。よくもこんな目に…。
 戦後復興に尽力された方々は「怒り」をバネに日本を立て直し、現代の礎を築かれたと思う。どれだけの苦労だったか想像すらできない。生き残ってもまだまだ戦争は終わらなかったのだろうと思う。原爆ドーム前の川は穏やかに流れていて、水面が光って美しかった。
 私の広島の旅は短かったが、疑問や発見や問題や感じることがたくさんあって、ずっと余韻をひきずっている。あえて引きずり続けようと思う。「負けて目覚める」戦艦大和の乗組員の言葉。日本が目覚めてまた眠らないよう、しっかりこの国の行き先を見ていきたい。

●104号(2)(20.10.1)安岡 良和(京都府防衛協会青年部)

会員体験入隊

 5月16日〜17日の間、福知山駐屯地で実施された体験入隊に参加。不謹慎にも軽い気持ちで訓練に参加したわけですが、内容は隊員が行っている訓練とほぼ等しく、心身ともに引き締まっていく思いでした。  
 1日目の野外訓練では、基本教練、止血法の訓練等を実施。隊内では隊列を維持して移動し、入浴・就寝・起床も時間を遵守して全員がまとまって行動。  
 私は20年近くコンピューター関連の仕事に従事しております。作業は同僚、顧客・メーカー・作業者との連携で、他の方と協力しての共同作業です。今回の訓練に参加して、改めて集団で行動を行い、規律を遵守する大事さを認識することが出来ました。  
 2日目は、火器展示説明の後、京都地本長 大内田1佐の訓示で、とても興味深かったのが、リーダーは表面上だけではなく、行動や態度が大事で、更に部下以上の能力が求められるということでした。  
 今回の体験入隊は、自衛隊の方がどのような訓練や生活を送っているかを体験することが主な目的ですが、私にとっては、会社では社会人として教えてもらえない部分、自分で経験を積み、考えて行動しなければならない部分を見つめ直す機会を頂いて、大変有意義な2日間でした。

●104号(3)(20.10.1)北村 佳苗(京都)

会員乗艦体験
楽しく心に残る一日  

 6月15日、護衛艦「はまゆき」の一日艦長に任命されました。今まで乗ったことのないほど大きいグレーの船、狭くて急な階段、真っ白な制服、私にとって全てが初めてで、ずっとドキドキしていました。  
 任命式が終わると、待ちに待った体験航海。艦橋の艦長席に座らせてもらい出航準備。すぐに出航できるのかと思いきや、想像以上に確認や作業の工程がある。
  慎重に準備を整え、いざ出航! 次から次へと漁船、ヨット、タンカーが現れ、乗組員の皆さんは休む暇もなく仕事に集中されていました。艦橋にはピリッとした緊張感が常にあり、「ああ、こうやっていつも訓練や航海をされているのだな」と感動しました。  
 艦はほとんど揺れることなく、心地よい航海の時間はあっという間に過ぎ、私のお役目も無事終了。
 短い時間でしたが、護衛艦に同乗させて頂き、舞鶴の海や、耳でしか聞いたことのなかった護衛艦や海上自衛隊の皆さんを身近に感じることが出来ました。  
 海上にあって、なおかつ艦内という限られた空間の中で、厳しい任務に就いておられる皆さんに心から敬意を表すると共に、安全な航行を続けられることを祈っています。  
 他愛ない質問に快く答えてくださった艦長はじめ、お世話になった「はまゆき」の皆さん、本当に有難うございました!  とても楽しく心に残る一日でした。

●103号(1)(20.7.1)竹村 清(全国防衛協会連合会事務局次長)

心の青春


 
 新聞のコラムにこんなことが書いてありました。  
 「古来人生のある時期をそれぞれ季節で言い表したものに青春、朱夏、白秋、玄冬というのがある。作家の堺屋太一さんによれば、東洋思想で『玄冬』は幼少期を指す。玄い冬とは種子が大地に埋もれている時期で、そして人生は青年期の「青春」、壮年期の「朱夏」、高齢期の「白秋」と続く。そう、高齢期は冬ではなく実りの秋なのだ…」  振り返ってみると、自分の40代から50代半ばまでは気力・体力ともに最も充実していた時期であったと思います。そして今は、体力は歳とともに確実に衰えをみせていますが、人生80歳といわれる現在、堺屋さんの言葉を借りれば、60代までの「朱夏」を過ぎ今は「白秋」ということになります。  
 アメリカの実業家サミエル・ウルマンが80歳の誕生記念に『80歳の年月の高みにて』と題して自費出版した詩集の第一番目に載ったのが「青春」(ユース)です。  
「青春とは人生のある時期を言うのではなく 心の有り様をいうのだ   
 歳を重ねただけで人は老いない  理想を失う時に初めて老いがくる  
 歳月は皮膚の皺を増すが  情熱を失うときに精神はしぼむ  
 人は信念とともに若く  疑惑とともに老い朽ちる  
 希望ある限り若く  失望とともに老い朽ちる」  
 この詩は人生の糧として今でも人々に愛されています。80歳を超えても常に希望を掲げて歩むことができる人生は最高であるというメッセージでしょう。  
 「白秋」も良いじゃないか。今の自分は決して黄昏の「白秋」ではない。正に実りの秋なのだ、と自身に言い聞かせてもいるところです。  
 越し方の総括の時期でもありますが、希望と信念を持って日々を送れば今が「青春」、いつまでもこの気持ちを持ち続けたいものと念じています。

●103号(2)(20.7.1)坂戸 正二(東京都八王子防衛協会長)

思うこと
 国家の防衛は、独立を守り、国民の安全を確保することです。外敵により侵されたときは、正当な権利として排除するために行動する。それが防衛省・自衛隊だと思います。  
 自衛隊が大規模災害も含め出動の際は、迅速に現場に到着し活動できる法体制が必要と思います。  
 憲法違反などと云われて自衛隊員が悩まずに行動できるように、新しく国防法などを制定し、状況を改善すべきです。
 戦後60年の学校教育や社会教育の誤りが、現在のような日本を形成しております。「最近の若い者は・・・」の繰言にも拘らず、状況はどんどん悪くなって来ました。悪化させた一半は有識者、マスコミにもあると思います。「先生」は尊敬されるもので友達ではありません。
 一歩外に出れば、そこは自分の部屋でも家でもなく、社会という公共の場です。お互いに規律を守るようにしっかり躾教育をする必要を感じます。
 曖昧なカタカナ語によるまやかし、政治家の資格のない政治屋、利潤のみを追求する経済活動などが幅を利かせた結果、倫理観が失われて偽装などが平然と行われてきました。最近、様々な分野で、こうしたことが発覚し、指導者がお詫びする姿が多くなっております。
 国家の指導者が目先のことに気を取られ、経済や環境などで日本が悪化・劣勢化する状況を強いられています。例えば中国は、日本政府の保証と企業の進出により驚異的経済発展を遂げていますが、石炭燃料は大量の亜硫酸ガスを発生させ、我が国の大気や国土を荒廃させ、また、日本の高度技術が直接・間接的に奪われるなど、日本に悪影響を及ぼしています。
 「国家百年の大計」は絶えて久しい言葉ですが、日本国・日本人が世界から尊敬の念を持たれるためにも、思い出すべき言葉ではないでしょうか。

●103号(3)(20.7.1)平岩 和真(京都府防衛協会)

桂駐屯地を見学して
後方支援の重要さ

 私は2月12日、京都市内に所在する桂駐屯地を見学しました。陸上自衛隊というと、前線で戦う普通科部隊や戦車部隊ばかりを思い浮かべてしまいますが、今回の見学を通じて考え方が大きく変わりました。
 以前、普通科部隊のある福知山駐屯地を見学し、小銃や重火器を搭載した車両の訓練展示を見て圧倒されました。しかし、桂駐屯地は補給処ということで、一体どんなことをしているのか疑問に思っていました。
 担当者の丁寧な説明を聞き、また実際に車両の整備をしている現場や倉庫を見学して吃驚しました。京都・大阪2府と中部・近畿・中国・四国19県の防衛を担任する中部方面隊の車両の部品を保管する倉庫があり、「ここにある部品で車両が組み立てられる」と聞いたからです。
 日本全国5つの方面隊の中で、一番広い範囲の防衛を担任する方面隊の車両を修理する桂駐屯地は重要な拠点だと思いました。
 今回の見学を通じて、前線での戦闘部隊だけが目立っていましたが、陸自には「15の職種があって、夫々が任務を果たして成り立っている」ことを知りました。

●102号(1)(20.4.1)田中 邦男(埼玉兼防衛協会)

 平成20年と言う節目の年を迎えました。日本国内の様相は想像以上の変貌を遂げていますが、発展というより不安になってきました。
 国技の相撲で東西の横綱は外人に制覇され、日本の力士は大関がやっとです。力士たちは外人に振り回されている有様で、国際相撲と改名した方が却って面白いと思います。
 青年達の欲望解消の地は失われ、花街の芸者も居無くなり、学歴学生のフリーターが巷を埋めるようになってきました。
 年々職業婦人が多くなり、家庭の支配力は女房が掌り、国家の主軸を司る国政には女性大臣や女性長官、女性の官僚が犇ひしめくようになりました。人口の半数以上が女性で、その選挙票がパワーになり、何でもかんでも女性優先になり、今では女性専用電車を走らせるまでに進展しました。
 女性の自由は桁外れに広がり、過去にも例のない殺人強盗、親殺し・子殺し等の凶悪犯罪を発生させてもいます。また女の魔力を臭わせて大金を巻き上げたり、中高女学生はヤマンバ、ガングロ・ギャルのスタイルを誇張してお化けのような化粧をしてタレント気取りに人混みの街を歩いているのには驚きです。
 然し日本の社会は何という体たらくであろう。12月21日のTVを見ていたところ、口が裂けても言えないようなことを平然と口外するのに吃驚しました。これじゃ美徳の日本として、武士道や道徳を誇りとする節度ある日本精神は玉砕です。
 少しは戦争で殺された英霊の心情を考えて貧苦欠乏に耐え忍ぶ心掛けも必要ではないかと思います。平成20年こそ、グルメ飽食の狂乱やジャカジャカ音楽の乱舞も程々にして、平和で不安の無い美しい安全社会の実現を目指しましょう。運命共同体の意識が小さくなった日本です。共同体意識を盛り返すようにお互いに頑張りましょう。
平成20年新春1日

●102号(2)(20.4.1)片野 和(京都府防衛協会亀岡支部)

「自衛隊音楽まつり」に感動
 11月16日、早朝自宅を出発し、新幹線で昼前に東京駅着。会場の日本武道館につくと、開場を待つ人、人、人の長蛇の列が北の丸公園の半ばまで続いていた。
  開演に先立ち、起立して国旗を迎え、国歌斉唱を終えると、陸・海・空自衛隊の各音楽隊による「輝ける栄光の下に」の演奏と女性自衛官の声量豊かな独唱に聞き惚れた。
 また、「part2 〜わが故郷の国・ニッポン」では、東部・西部方面音楽隊による民謡のドリル演奏に郷愁を覚えた。
  続く在日米陸軍音楽隊の見事な演奏の後、執銃して登場した防衛大学校儀仗隊の一糸乱れぬ見事な銃捌きに見惚れていると、真っ暗闇の中での空砲発砲、これほどの驚愕はない。
 「part3 〜世界に輝け!ビッグサウンド」では、韓国空軍音楽隊のドリル演奏と陸・海・空の女性自衛官による華やかな演技に目を奪われた。その後は自衛太鼓“風林火山”の単独演奏や合同演奏の迫力と勇壮な響きに拍手を送る。
 「part4 〜輝ける未来・希望〜グランドフィナーレ」ではマーチの演奏で日米韓3国の国旗とともに全出場者が勢ぞろい。再度、女性自衛官の「明日があるさ」「リパブリック賛歌」の独唱に聴衆が手拍子で応えるうちに終演となり、名残を惜しみつつ会場を後にした。
 翌日、帰路の新幹線の中で、妻が「自衛隊さんの活動は、マスコミが報道する一面しか知らなかったが、その他の多種多様な分野で活躍され、わが国を守る重要な抑止力となっていることを知りました」と語った通りだと思いました。

●101号(20.1.1)宇佐美 広治(東京都奥多摩町防衛協会長)

防衛省不祥事
 防衛省不祥事!  防衛・防災意識の低迷を憂う  
 この度の防衛省前事務次官による防衛専門商社「山田洋行」との不正癒着問題は、防衛省・自衛隊の一般隊員の士気低下に繋がり兼ねない重大事件である。防衛省への昇格という悲願を達成した年に、このような不祥事を、こともあろうに防衛行政のトップが起こしたことは誠に遺憾だ。  
 一朝有事の際は、一身を顧みず崇高な任務である世界の平和と我が国の繁栄のため、また台風・地震等の災害多発の派遣救援活動等に献身的に貢献され、更には有事立法や国民保護法の成立等によって国民の防衛・防災意識が高まり、愛され親しまれ信頼される自衛隊として、その存在価値も高まりつつある時に、トップが隊員の士気を失墜させる不祥事を起こしたことは、防衛省・自衛隊の活動に理解と協力を示し、末端で微力ながら愛国の情に燃え、防衛・防災への意識高揚に懸命に努力している全国の防衛協会会員の活動をも殺 (そ)ぐことになり残念であり、慙愧 (ざんき)に耐えません。  
 主権在民、民主主義の時代においては、国民の信頼が最大の武器であり、これなくして防衛は成り立たないことを深く銘記すべきです。このために、国民の理解と協力による防衛・防災意識の高揚が不可欠であり、自分の国は自分で守る気概を醸成 (じょうせい)することが基本であります。  
 今回の不祥事は、上向きつつある国民の防衛意識に水をさし、低迷に繋がりかねない重大問題です。国家を防衛し、国民の生命・財産を守り、安全・安心の平和な日本を築かんとする防衛行政は全てに優先すべきもので、主管庁である防衛省関係当局に真摯な猛省を願うところであります。  
 しかし、如何なる状況下においても、国民の安全・安心のため、不測の事態に備えることは不可欠で、防衛は国家の最大の責務であり、防衛省・自衛隊の崇高な任務であります。防衛省は、いま一度任務の重大性を認識され、不祥事の再発を防止して国民の負託に応えられんことを切望致します。  
 我々防衛協会会員も、この事態にめげず、本来の目的である防衛省・自衛隊への理解と協力をより一層深め、防衛・防災意識の高揚と防衛協会の会勢拡大のため、たゆみなき努力を心より願ってやみません。

100号(1)(19.10.23)鈴木 千春(東京都目黒区)           

頼りになる自衛隊


左投稿者 鈴木さん

 8月23日はじめて総火演を見ました。御殿場到着時には大雨、濃霧でしたが、会場スタンド席は観客で埋まり人気の高さを表していました。  
 濃霧のため、前段の実弾演習が中止、F-2戦闘機もヘリも飛行中止でした。私はガックリうなだれ、会場内約2万人の観客も一緒にため息・・・何のためにここまで来たの?  
 しかし、後段には徐々に天気も回復、標的も見え74戦車や誘導弾の演習が行われ、砲撃の大迫力も感じることができ、感動しました。今でも心臓に迫る大砲の轟音は忘れられません。  
 規律正しく訓練された演習、最新の頼りになる装備、音楽演奏も見事でした。装備品展示ではめったに見ることのできない装備に触れることができ、自衛隊員の親切な説明も嬉しかったです。  
 会場には米軍座間キャンプからの米兵もいて日米交流をしていました。  
 国防に、さほど関心のなかった友人もこれを機に、意識と関心を持ちはじめたようです。私も、アジアの情勢や日米同盟、自衛隊の国際貢献のあり方など、ひきつづき注目していきます。  
 今回の演習を見学して「頼りになる自衛隊」を再認識しました。これからも応援していきます!

●100号(2)(19.10.23)橋本 慎太郎(京都)

「はるな」に乗ったよ
 夏休みにまいづるへ行きました。かいだんを上がったら、ラッパを吹かれ、「おめでとうございます」とはくしゅされました。「はるな」の番号が、141で僕たちが船(護衛艦)に乗った番だとわかりました。「はるな」のぼうしやせんにんごちょう(先任伍長)のコインみたいなものを一杯もらいうれしかったです。  
 かんきょう(艦橋)に上がると、スーパーマリオがいました。かんちょう(艦長)さんというえらい人でした。椅子に座らせてくれて、そうがんきょうをのぞきました。  
 ふねの前の方ですわるところをさがしていたら、もうふを持ってきてくれました。  
 ふねの右や左でミサイルとかヘリコプターとかが一杯きて、見るのにいそがしかったけどおもしろかったです。アスロックと聞いたところのふたが開き、ミサイルがはっしゃされると思って怖かったけど、「ようこそはるなへ」と書いてあいさつしたのがおもしろかったです。「はるな」は大きかったし、早かったし、じえいたいの人はやさしかったし、楽しい日でした。

●99号(1)(219.7.23)山下 りら(京都府防衛協会)

護衛艦「あぶくま」に乗艦して
 かつて舞鶴に行った際、車中から「かっこいいな!」と眺めていただけの護衛艦に、5月の「あぶくま」一般乗艦会で乗艦でき感動しました。  
 海軍記念館を見学した後、桟橋へ。既に長蛇の列ができていて、改めて人気振りを実感しました。また、家族連れやカップルも多く、和やかな雰囲気だったことに驚きました。  
 航行中は、艦内の案内は勿論、海自の職務内容や訓練の様子、敬礼の仕方、未確認航空機が来た時のシュミレーション、ミサイルの撃ち方等もご説明頂き、緊張感のある第一線でのお仕事だということも理解しました。  
 また、子供たちは制服を着せてもらって記念撮影するなど、一般への公開と親しみを持ってもらうことにも力を入れておられる姿勢もよく伝わりました。私も無理をお願いして、制服を着用させてもらうことができ、とても嬉しかったです。  
 かつて私は、テレビ局で記者やアナウンサーをしておりました。阪神大震災や鳥取西部地震の取材では、災害救助時の活躍ぶりを拝見し、隊員の方々の献身的な取り組みに感銘を受けました。  
 また、被災された方を取材するうちに、精神的なケアの大切さを感じ、臨床心理学を勉強しました。今回は臨床心理士協会のHPの求人掲示板で、募集案内を知り、主な仕事の中に、「惨事ストレスケア活動」という項目があったため、早速資料請求させていただきました。  
 担当の京都地本・河原町地域事務所の皆さんはとても親切丁寧で、任務内容だけでなく、「自衛隊員の絆は強く、親子兄弟以上の関係になる」というお話しも聞くことができ、憧れは益々強くなりました。あってはならないことですが、万一、惨事が起きた場合は、私も何らかの形でお手伝いできればと思います。  
 隊員の皆さん、いろいろ大変だと思いますが、頑張ってください。

●99号(2)(19.7.23)田中 邦男(埼玉兼防衛協会)

日本人の手で日本を守ろう
 生き残っている戦友は嘆いている 日本はこの無様で!この体たらくでいいのか!
 アメリカと日本の安全保障条約は、日本のためのものなのか、アメリカのためのものなのか、と問えば、恐らく両国の為だというであろう。しかし、そんな騙し言葉を永久に信じていることがおかしいと思いませんか。日本は徐々に多民族国家に混成されているのです。町を歩けば、戦後の壮年たちまでが日本の弱みをカバーするUSAの軍隊を単なるガードマンと見、自衛隊を税金の無駄使いと横目で睨んでいる胸中が分かります。  
 日本は日本人の手で防衛しなければ、真の愛国心は育ちません。では何故、アメリカ軍は日本に駐留しているのか。  
 アメリカは、占領地としている南太平洋諸島の保安を主に挙げていますが、実は中国大陸の資源と世界人口の過半数を占めている華僑人口の絆と人脈をアジアの宝庫と見ているのです。それ故に、日本と韓国と台湾を手懐 (てなず)けておき、非常事態の場合はイラク派遣の自衛隊のように、役立つと考えているのです。  
 しかし、最近になって、中国に政治的変化が現れてきたと囁かれています。それは、共産政策の中国と、経済政策中心のシンガポール、台湾及び香港の三国が華僑であるから貿易と防衛については、既に協定が結ばれているといいます。日本も独自の防衛戦略を考えておかないと、遅れをとってしまい兼ねません。  
 日本はようやく、独立国家として防衛庁を防衛省に格上げしたのですから、日本人の手による国防を固めて、国家の権威を高めると共に、日の丸を挙 (こぞ)って尊敬する国民になるよう、一致団結して欲しいと念願している次第です。

●98号(19.4.23)京都地本広報

京都外大国防学生 北海道へ行く
 京都外大国防学生 北海道へ行く −陸自上富良野・空自千歳研修−  
 京都外語大学国防学生27名は京都地本の支援を受けて、第18回京都教育フォーラム北海道研修を2月2日から8日にかけて実施した。  
 本フォーラムは、同大学大石教授のゼミで、極寒の北海道で勤務する自衛官の現状を体験入隊や見学で理解するとともに、国防の重要性を学ぶことを目的にしており、今回で18回目を向えた。  
 舞鶴港からフェリーで20時間かけて小樽港へ到着した一行は、道内研修を終えて、体験入隊の陸自上富良野駐屯地に到着した。  
 翌日、起床ラッパで目を覚ました学生たちは、支度を済ませ、朝礼場へ。国旗に敬礼の後、敬礼や方向変換などの基本教練を実施した。  その後、スキー訓練に移行したが、スキーが初めての学生や自衛隊独自のスキーに戸惑う学生も多かったが、若さですぐに上達。  
 その後、演習場に移動した一行は宿営準備を行なった後、スキーの5km走に挑戦した。夕食後は歩哨訓練、交代で夜通しの監視を続け、翌朝、ハードな訓練も終了、撤収した。  
 翌日は戦車試乗で、60km/hの速度性能を体感し、また火砲やその他の装備品に見入り、盛んに隊員に質問をしていた。  
 夜は隊員との交流会で、厳しい訓練の思い出話や現地隊員の体験談に耳を傾け、また準備した出し物を披露して盛り上がった。  
 翌日は、空自千歳基地を研修。基地資料室で概要説明を受け、その後高射群(ペトリオット・ミサイル装備)や救難ヘリ・救難機を展示した基地救難隊、最後はF-15飛行群を研修した。参加した学生は、「京都を離れる頃は不安であったが、隊員の優しさや厳しい訓練に触れ、自衛官や自衛隊に対するイメージが根本から変わった」と語っていた。(京都地本広報)

●97号(19.1.19)芝山 逸平(滋賀兼防衛協会)(芝山タイヤ工業所会長)

改めて海の守り認識  −護衛艦「はまゆき」で体験航海に参加して−  
 護衛艦「はまゆき」に乗艦させてもらい、感動の余韻が2、3日続きました。  
 時速50qもでる艦、体験航海ではその5分の1程度のスピードと聞き、フルスピードも味わいたいなあ、と思いました。魚雷、ロケット弾の操作も拝見しましたが、確実性、命中性、破壊力全てが近代化しているのを感じました。  
 めったに体験できない今回の航海を通じて、周辺国との問題、特に竹島及び尖閣諸島の領有権問題、北朝鮮による拉致事件などに思いをはせ、防衛上、海上自衛隊は必要であり欠かせない存在であることを痛切に感じました。
 近代的な艦で、通路下階のハシゴ階段(タラップ)は、人間がやっと通れる幅・高さでしたが、限られたスペースが機能的に配慮、維持されていることに感心しました。  
 また、体験航海に出発するための集合場所であった大津駐屯地に入ったとたんに緊張しました。休日で外出する隊員が横一列に並び、点呼を受けている場面を拝見したからです。女性隊員の姿も同時に拝見し、気合が入っていて「すごいな」の感動と、これが自衛隊だなと思いました。  
 今回は海上自衛隊の体験航海で海の守りを認識し、陸上では、今後活躍される新隊員の姿を拝見することが出来ました。非常に勉強になり、感謝いたします。これからも自衛隊の皆さん頑張ってください。  
(芝山氏は滋賀県防衛協会会員で、大津びわこライオンズクラブ会員でもある。氏は「自衛隊に関心を持つ人が一人でも多く出て、自衛官募集の一助になれば幸い」と、国道一号線沿いで、京都市内と大津・草津市を結ぶ交通の要衝を募集用看板の設置に提供されている。―滋賀地方協力本部)

●96号(1)(18.10.23)豊崎 透(京都府防衛協会 京都産業大)

目を開かされた舞鶴研修
 私が「日本の安全保障」を受講しようと思ったきっかけは、日本を守る役目の自衛隊に興味があったからです。阪神淡路大震災や三宅島の噴火などの自然災害、あるいはイラク戦争で荒れたサマワの復興で活躍する陸上自衛隊の光景はテレビなどで見ていたが、海上自衛隊と航空自衛隊については余り知らなかった。  
 授業の一環で舞鶴に停泊中の護衛艦見学の話があり、海上自衛隊についての理解を深めるいいチャンスで参加することにした。  
 TVの「海猿」などから、ごつくてでっかくてミサイルや機関砲を沢山搭載した船を想像し、また「ゴジラ」などからちっぽけなイメージを抱いていたが、生まれて初めて本物の護衛艦を見たときは、余りの迫力に一瞬目を疑った。凄い! の一語である。  
 衝撃とともに日本の技術の高さに驚いた。ミサイルを迎撃する機関砲、モーターで進む魚雷、海中を探索するソナーなど、驚くものばかり。艦内には沢山の機材やコンピュータ、食堂や寝室などがあり、艦だけで十分生活していけそうだと思った。  
 この貴重な体験で、様々なことを学んだ。また余り知らない航空自衛隊についてもいろいろ知りたい。余談になるが、舞鶴に行くバスの中で一緒になった4人は自衛隊や日本について独自の持論を持っていることを知り驚いた。自衛隊や国についてこれという感想も無く生きてきた私も、これを機会に日本という国に目を向けてみたいと思う。

●96号(2)(18.10.23)膳所高校吹奏楽班

貴重な体験ありがとう(礼状)
 『びわ湖音楽演奏会』(4月号既報)に参加した膳所高校吹奏楽班から、このほど次のような感想文が滋賀地連に寄せられた。  
 「自衛隊の演奏は、私たちの半分の人数であるが音が大きく迫力がありました。また、音のまとまりや統一された音色の響きなど、演奏会で学ぶことが多くありました。『ラデッキー行進曲』の合同演奏では、百人を越える奏者の一体感を味わい、吹奏している私たち自身が感動しました。  
 また、レッスン前は自衛隊の人や自分たちの音に不安が一杯でしたが、私たちの質問に答え、一緒に吹奏して頂いたことで、充実した時間になりました。  
 改めて基本練習の大切さ、楽器演奏の楽しさも再認識しました。貴重な体験をさせて頂き、本当に有難うございました。(滋賀地連・広報室)

●95号(1)(18.7.23)清水 祐己子(京都府防衛協会)          

高い訓練レベルに驚嘆
 私はいままで、自衛隊のイベント等に行った事がなかったため、舞鶴で護衛艦艇を実際に見たとき、とても感動しました。  
 護衛艦などは写真でしか見たことがなく、実際に見る艦の大きさに圧倒され続けました。それに、各艦艇がとても綺麗に停泊し、自衛隊の訓練レベルの高さに驚嘆、その高いレベルに一歩でも近づけるようになりたいと思いました。  
 国防の最前線で活躍する護衛艦のことを少しでも知ることができ、とてもよい勉強になりました。
(京都・河原町募集事務所)

●95号(2)(18.7.23)稲垣 享一郎(京都府防衛協会 京都外大生)

「愛国心」を涵養  =自衛隊に体験入隊して思うこと=  
 いま、大学生の何割が自衛隊の活動や存在意義を説明できるであろうか。事実、義務教育、高等教育を通じて自衛隊の活動に触れる機会は皆無に等しいと言えます。戦後60年以上戦争のない状態は、見事なまでに学生から危機感を奪い、「平和ボケ」させるのに十分な時間だったのかもしれません。  
 今回、私たち(女子8人を含む19名)は美幌駐屯地及び千歳地域での体験入隊に参加させていただきました。作業服、防寒靴を初めて身に着けると、引き締まる気持ちに、えもいわれぬ感情が湧き上がってきました。自衛隊員の方の集団意識の片鱗を感じたような気がしました。人間は一人では生きていけず、誰しも周囲の協力が必要であり、またその存在に感謝しなくてはならないのだと、研修を通じて学びました。  
 また、この国に存在する私たちの平和が、いかにして保持されているかということを理解するうえで意義深い経験であったと実感しています。敗戦を知らぬ世代である私たちは、国防に微塵も関心がなく、緊急事態には自衛隊が何とかしてくれるであろうと考える、なんとも他力本願的な学生が量産されたわけです。私たち国民一人一人が戦争、テロなどの脅威を心底から認識し、自衛隊の「武力」が人を守るためであることへの理解が、いま必要なのだと痛感しました。  
 この研修を通じて理解したことは、自衛隊員の方こそ戦争の悲惨さを認識しておられ、心から争いを憎んでいるということ。日々の訓練や兵器はこの日本を死守するためのもので、戦争をするためではないということ。また隊員の方々の絆は固く、人間性に満ち溢れているということ。これから社会に出て行く私たちにとってはとても重要なことばかりです。  
 そして何より、自衛隊の活動をもっと日本国民が理解し、支えるべきであると思います。自国の平和を当然のことと勘違いするような社会ではいけないと思います。  
 私はこれから教師を志す身でありますが、今回の研修で学んだことを忘れず、「愛国心」という言葉を時代遅れにしないような人間になれるよう精進していきたいと思います。

●94号(1)(18.4.23)寺本 充宏(京都府防衛協会 京都外大生)

日本の安全保障について知り、考える
 この秋、京都の大学で始めての試みである「総合安全保障論」の科目が私の大学で開講しました私が安全保障の各講座を受講して日米関係の重要性を感じた背景には、米国における同時多発テロによって、世界が瞬くの間にテロの脅威に曝されたことです。  
 また、北朝鮮の核・ミサイル問題等、世界に目を向けると様々な脅威があるということです。このような国際情勢であるからこそ、日米両国が協力し合うことの重要性を感じました。  
 安全保障というのは具体的にどのようなことか漠然としていましたが、大学の講義でこれからの日本の平和を考える上で重要な役割を担っていることを肌で実感することができました。この科目では普段あまり聞くことができない、自衛隊の人たちの話を聞くことができ本当に貴重な経験となりました。  
 また、イラク人道復興支援などで活躍されている自衛隊の人たちを見ていると、一人の日本国民として自衛隊を誇りに思います。テレビで自衛隊の活躍を見ていますが、このような環境で自衛隊の人たちと一緒に国のために働きたいと思います。日本のため、また世界のために働くことは素晴らしいことです。  
 私は大学卒業後、自衛隊に入隊することを希望しています。私的な利益に限定せず、公共のために働きたいと考えています。その最たる仕事が自衛隊だと考えています。  今は大学で勉強していますが4年間で様々な知識や経験を得て社会に出たとき臨機応変に対応できる柔軟な頭を養い、立派な人間になれるよう今は人格形成に努めたいと思います。憲法問題など、自衛隊の消極的な位置づけ、有事の際など様ざまな問題を抱えながらも、訓練に励んでいる自衛隊の皆さんですが、このような問題を早期に解決できることを切に願っています。  
 将来の日本を背負うのは私たちです。自分の長所でもある負けん気の強さと根性を生かし、「日本を守るんだ」という強い使命感と責任感を持ち、立派な自衛官を目指していきたいです。

●94号(2)(18.4.23)藤田 一美 (京都)

自衛隊の音楽に出会った!
 初めて見せていただいた中部方面隊の音楽まつり、その迫力に圧倒された。ラッパ隊の楽しい演奏、美しく緊張感がたまらないファンシードリル、各地の伝統芸能を守る自衛隊太鼓、それぞれに魅力ある舞台で、あっという間の90分でした。  
 国内・国外の被災地で活動する自衛隊の皆さんを励まし、音楽を通して地域のイベントを盛り上げるその活動を知り、改めて自衛隊の仕事を理解し、楽しくも勉強になった時間でした。