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全国防衛協会連合会は、防衛意識の高揚を図り、防衛基盤の育成強化に寄与するとともに、自衛隊の活動を支援協力することを目的とする民間の全国組織です。

TEL. 03-5579-8348

〒162-0844東京都新宿区市谷八幡町13東京洋服会館9階

会報紹介(望映鏡)

このページにおいては、当連合会機関誌「防衛協会会報」の連載記事「望映鏡」の過去掲載分を含め紹介しております。(敬称略で防衛協会等を省略)
※下表の暦年をクリックしますと、当該年の記事にリンクします。

平成18年
静岡・山梨
島根・
平成19年
徳島・長野
石川・和歌山
平成20年
埼玉・栃木
岡山・群馬
平成21年
福井・福岡
茨城・広島
平成22年
滋賀・福島
神奈川・大分
平成23年
広島・沖縄
徳島・兵庫・三重
平成24年
奈良・高知
長野・鳥取
平成25年
群馬・福岡
富山・静岡
平成26年
茨城・青森
愛媛・奈良
平成27年
長野・埼玉
滋賀・栃木
平成28年
福井・岐阜
中部・三重
平成29年
香川・和歌山
岡山・鳥取
平成30年
山梨/
kanagawa
                                                敬称略
平成30年
●防衛協会会報第141号(30.01.01) 自衛隊に対する理解を深めるために最大限の協力を  堀内 茂(山梨県会長)
●防衛協会会報第142号(30.04.01) 地域の信頼を得る姿勢 上野 孝(神奈川県会長)
上野 孝(神奈川県防衛協会会長)

                                全国防衛協会会報第142号(30.4.1)掲載
                地域の信頼を得る姿勢
                   
                    上野 孝(神奈川県会長)

 当協会は、神奈川県における自衛隊に係わる協会、協力会等の相互の連携、意思疎通及び情報の交換を図ることによって、県民の防衛意識の高揚を図り、防衛基盤の育成強化に寄与するとともに自衛隊の活動を支援及び協力することを目的とし、平成15年5月30日に発足し15年目を迎えます。
 去る2月25日に、本県の横須賀市内で自衛隊神奈川地方協力本部支援団体協議会主催の「神奈川自衛隊音楽まつり2018」が開催されました。
 この祭典は、自衛隊や防衛大学校等への入隊・入校を予定している若人を応援するものであるとともに、音楽を愛好する県民の皆様に自衛隊をご理解いただく場であり、今年も盛大に行われ、ご来場者には楽しいひと時を過ごしていただいたものと思っております。
 一方、世界情勢、とりわけ日本を含む東南アジアでは、ご承知のとおり、北朝鮮が核兵器や弾道ミサイルの実験を繰り返し、中国が国際法秩序を無視した東シナ海・南シナ海における活動を続けるなど、我が国を取り巻く安全保障環境は一層厳しくなっている情勢であり、前述の祭典に参加した将来の自衛隊を担う多くの若人が、自衛隊の崇高な任務を志して勇躍第一歩を踏み出すことを心から応援している次第であります。
 ご存知のように、自衛隊の皆様は、領土、領海、領空を守り抜くだけでなく、日本全国で発生する台風や豪雨など大規模自然災害時にも国民の生命と財産を守るため、日夜、災害救助活動にも活躍されています。そうした取り組みも国民の期待に応え、自衛隊に対する理解を一層深めているものであると感じています。
 ところで、国内の経済状況に目を向けますと、景気回復のすそ野が拡がりつつあると言われておりますが、我が会頭を務める神奈川県商工会議所連合会管内の各商工会議所では、深刻化する人手不足や消費者の節約志向などが大きく影響している状況であり、必ずしも景気回復の足取りを実感できていないのが大方の感想でございます。
 また、経営者の高齢化、後継者難などでこの5年間で40万社減少しているとも言われています。
 このように、中小企業にとっては決して明るい今の経済状況ではありませんが、自衛隊の皆様の職務に真面目に取り組んでいる姿、どのような事態にも対処されるよう訓練され国内外で日夜国民のために活躍されている姿は、経済界はじめ、様々な分野で将来に希望を抱かせるものであると私は思っています。
 神奈川県内には、大きく6ヶ所の基地・駐屯地等がありますが、自衛隊の皆様には、これからも県民、国民の信頼を得て、国の平和と安全に大きく貢献していかれるものと思っております。
 当協会も、県民の皆様に対する防衛意識の高揚と防衛基盤の育成強化のため、これからも一層活動してまいりますので、皆様方のご支援、ご協力のほど、よろしくお願いいたします。

堀内 茂(山梨県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第141号(30.1.1)掲載
       自衛隊に対する理解を深めるために最大限の協力を  
                    
                       堀内 茂(山梨県会長)

 富士吉田市は、山梨県の南東部、富士山北麓に位置する標高650mから900mに広がる高原都市であります。
  日本有数の国際観光地富士五湖地域の中央に位置する本市には、公共交通拠点である富士山駅と、道路アクセスにおいても5つの国道と2つの高速道路のハブ拠点があり、更なるアクセス整備に向けて、2つのスマートインターチェンジの早期供用に取り組んでおります。また、経済面でも商業地域としての機能を果たし、富士五湖地域における中核都市の役割も担っております。
 平成25年に世界文化遺産に登録された富士山でありますが、江戸時代から現在に至るまで富士登山の起点としてにぎわってきた本市では、富士山は五合目から山頂までというイメージを打ち破り、富士山の様々な楽しみ方を提案するとともに、麓から富士山を眺めて楽しむためのまちづくりにも取り組んでおります。登って楽しむ、眺めて楽しむという2つの側面から、富士山を軸に据えた観光施策を推進しております。
 また、ネクタイ・服裏地等の日本有数の生産地である織物産業は、富士山の恵みである水資源を最大限に活かした地場産業として発展してまいりました。 オイルショック以降、社会構造の変化により衰退しておりましたが、培ってきた高度な技術力を活かし、デザイン力を高めたオリジナル商品を開発するなど再び地域を支える底力のある地場産業として脚光を浴びております。富士山と織物を中心に本市の魅力を多角的にとらえ、住んで良し、訪れて良しのまちづくりにも取り組んでおります。
 さて、富士山北麓の本市と周辺2村には4597haに及ぶ広大な北富士演習場と、北富士駐屯地が設置され防衛施策の一翼を担っているところであります。
 また、北富士駐屯地は県内唯一の駐屯地であり、駐屯する第1特科隊は災害派遣から山林火災に至るまで県民の安全安心を守る大きな役割を果たしていただいております。
 特に平成26年の山梨豪雪の際には、除雪支援にとどまらず、孤立地域の安否確認などにもご尽力いただき、使命感を持って任務を遂行する自衛官の姿に感銘を受けました。
 一方で北富士演習場は、本市域のおよそ35.4%を占め、地域発展の阻害要因ともなっておりますが、防衛省の助成事業により、世界文化遺産「富士山」を学ぶ「ふじさんミュージアム」のリニューアルや教育施設などの施設整備、またスマートインターチェンジ周辺や市内幹線道路整備、子育て応援医療費助成などを実施しており、防衛施設と周辺地域との発展を調和するための施策を推進しております。
 このように本市の発展と国防の一翼を担うはざまで苦悩しておりますが、市長として市政の伸展に努力していくとともに、山梨県自衛隊協力会連合会長として、わが国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中、今後も自衛隊に対する理解を深めてもらうための支援や啓発活動に最大限の協力をしてまいりたいと考えております。
(富士吉田市長)

平成29年

●防衛協会会報第140号 29.10.01 自衛隊ゆかりの善通寺市にて我思ふ 常盤 百樹(香川県協会)
●防衛協会会報第139号 29.07.01 憲法と自衛隊 谷崎 博志(和歌山県会長)
●防衛協会会報第138号 29.04.01 岡山県防衛協会の活動について 泉 史博(岡山県会長)
●防衛協会会報第137号 29.01.01 鳥取県防衛協会の紹介 藤縄 匡伸(鳥取県会長)

常盤 百樹(香川県防衛協会協会)

                                 防衛協会会報第140号(29.10.1)掲載
               自衛隊ゆかりの善通寺市にて我思ふ
                    
                    常盤 百樹(香川県協会)

 香川県防衛協会の常盤です。当会が所在する香川県には、栗林公園、屋島、金刀比羅宮など、多くの名所旧跡がありますが、本稿では陸上自衛隊第14旅団が司令部を置く香川県善通寺市についてご紹介をしたいと存じます。
 善通寺市は弘法大師空海の生誕地としても名高く、その市名は四国八十八ヶ所霊場の一つ、善通寺に由来しています。同寺は弘法大師空海が御父、讃岐国郡司の佐伯善通(よしみち)公のために建立し、その「善通」をとって「善通寺(ぜんつうじ)」と号したと伝承されております。同寺は、京都の東寺、和歌山の金剛峯寺と並ぶ弘法大師三大霊跡の一つとして、古より篤い信仰を集めております。
 また、同市は軍神「乃木希典大将」と縁の深い街でもあります。乃木将軍は明治31年、この地に新設された旧陸軍第11師団の初代師団長として赴任され、その後、第3軍司令官として、ここから日露戦争に出征し、旅順攻略にあたったことはつとに有名であります。現在の善通寺駐屯地には、乃木将軍が第11師団長として2年8カ月勤務された師団司令部の瀟洒な建物が今も現存しており、「乃木館」の愛称で親しまれ、往時の貴重な資料等が展示されています。また、兵器庫として使用されていた赤レンガの歴史的建造物もひときわ目を引き、多くの人々を集めております。ところで、乃木将軍は在任中、司令部から1里半ほど離れた金倉寺を宿舎としておりましたが、この寺にも「妻返しの松」という逸話が残っております。明治31年の大晦日、静子夫人が東京から遠路面会に来ましたが、乃木将軍は、部隊の士気への影響等を考慮して会わずに夫人を追い返したとのことです。途方にくれた同夫人は、本堂脇にある松の木まで歩を進め、その下で物想いに耽って佇まれたとか…やがて同夫人は、夫の胸中を察して帰っていったとのことです。乃木将軍は来るべきロシア軍との闘いに備え、第11師団を精鋭に鍛えるべく部下の兵士達と苦楽を共にする生活を送っていた最中のことでありました。この一件から、「乃木将軍妻返しの松」と呼ばれるようになり、とかく講談ではもて囃されるようになったそうです。明治の軍人の気骨を偲ばせる逸話として感慨深いものがあることから、ご紹介させていただきました。
 この他にも、善通寺市内には、旧陸軍第11師団の将校たちが集会所として建設した偕行社(国の重要文化財)など、自衛隊に縁のある建物が現存しています。皆さまも香川県を訪れる機会がございましたら、是非一度、善通寺市まで足をのばされてみてはいかがでしょうか。
 さて、陸自第14旅団では、来年3月の機動旅団への改編に向けた最終準備が進められており、更に精強な部隊へ進化しようとしております。我が国を取り巻く安全保障環境が一層厳しさを増す中で、自衛隊の果たすべき役割が増々大きくなっていることなどを踏まえ、当会では自衛隊の皆様方をしっかりご支援できるよう今後も微力を尽くして参る所存であります。

谷崎 博志(和歌山県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第139号(29.4.1)掲載
                   憲法と自衛隊
                    
                    谷崎 博志(和歌山県会長)
     
 風薫る若葉の爽やかな気候となりました。 ゴールデンウィークもアッと云う間に過ぎ去り、“何の日か知らずに遊んだ四連休”と云う川柳が読まれたりしましたが三連休の始めか終わりに日曜が付いたのでしょう。
 何の日か知らなくても構いませんが、日本人ならせめて五月三日の憲法記念日は、日頃御無沙汰している日本の憲法を思い出す日にしたかったですね。 戦勝国が敗戦国を統治する為、急いで作った今の憲法は“日本が再び強い国になっては困る”と云う考えが根底にあります。
 ある政府の高官は「当時GHQの素人がたった八日で作り上げた代物」と云いました。 当時外相だった吉田茂の懐刀と云われました“白洲次郎”、彼は宝塚歌劇のテーマにもなりましたからかなりの国民は知っていると思いますが、この押し付けられた憲法を読んで憤激しGHQと強硬に掛け合いました。勿論相手は聞く耳を持ちません。 後になって当時占領軍の総司令官だったダグラス・マッカーサーは白洲の事を「唯一俺の云う事を聞かない日本人」と云って嘆いたそうです。 当の白洲も又、家に帰り「今に見ていろ」と云って口惜し涙を流したと聞きました。
 私達は、このいろいろあった憲法を70年間後生大事に守り続けてきたのです。只の一字も変えずにですよ。 同じ敗戦国のドイツは69回、イタリアでも19回自分の国の憲法を変えたそうです。
 現憲法の大きな欠陥は二つ。自衛権即ち自衛隊について明記されておらず、相手から先に撃たれなければ撃てない事。そして又、緊急事態条項もありません。ここ数年、東日本、熊本等で大災害が続きました。こんな場合に国民としてどう対応するかの記述がありません。こんな時の心構えについてはどこの国でも憲法に明記されているのです。
  素人の私が考えるには、憲法第九条の第二項について“陸海空の戦力は保持しない”とあるのを、“自衛隊は軍隊として日本の国をシッカリ守る”に書き換えるべきだと思っています。これは私達の責務です。
 安倍さんもよく分かっているのです。2020年には憲法を改正すると云いました。 今の憲法には自衛隊の『自』の字も無いのです。これでは日本の国を守って、とは云えません。憲法を改正し、自衛隊には日本の防衛をシッカリ御願いしましょう。 それには私達の支援が必要です。

泉 史博(岡山県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第138号(29.4.1)掲載
               岡山県防衛協会の活動について
                    
                    泉 史博(岡山県会長)
     
 岡山県防衛協会会長を務めております、泉史博です。  当協会は、備前岡山、倉敷、井笠、備北の四支部を擁して、会員数は千二百を数えております。
 岡山における自衛隊関係施設は陸上自衛隊の駐屯地が二か所設置されているほか、自衛艦を建造する造船所もあって歴史的にも自衛隊に縁のある土地柄であります。  
 日頃は自衛隊岡山地方協力本部からの強力なバックアップを頂きながら協力活動を行っておりますが、お陰様で、昨年、当協会は設立五十周年を迎えることが出来ました。  
 当協会の設立目的は、申すまでもなく「防衛意識の普及を図ることと、自衛隊の健全な育成発展に協力すること」としており、本年度の具体的な活動は主なものとして以下の事柄を実施しております。
 即ち、広報活動として「防衛おかやま」の発刊、自衛隊音楽まつりの実施、又、会員の研鑽活動として、会員の部隊訪問や、自衛官による防衛講話の公聴、富士総合火力演習の視察を実施しております。
 なお、岡山県自衛隊退職者雇用協議会と協力して、退職自衛官の雇用促進事業にも積極的に取組んでいるほか、隊友会などの友好団体とも密接に連携を取りながら防衛意識の高揚と自衛隊活動への側面的支援を実施しているところです。  
 防衛環境は内外共に激変し、課題解決に多大の困難を伴う昨今であります。北朝鮮問題や、尖閣諸島などを巡る中国の海洋進出、中近東の混乱は言うに及ばず、難民の流入阻止を企図した各国の政治姿勢の変更に伴って安全保障方針の不透明性が高まっている状況もあります。
 一方で国内の防衛環境を考えると、少子化からくる自衛隊員募集の困難性への対処や、限りある防衛資源を最大限に効果的に機動、機能させるとはしても、高価格化する防衛機器への対処など、足元の現実的な課題へも注目する必要があろうと思料されます。  
 日米安全保障に関して米国新政権とのコンセンサスが確認された中でも「自分の国は自分で守ろう」との防衛意識を高揚させることが防衛基盤のベースであることを改めて再認識するところです。このため、当協会の活動を一層活発にさせてまいりたいと考えておりますので、皆様のご理解、ご協力の程よろしくお願いします。

藤縄 匡伸(鳥取県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第137号(29.1.1)掲載
                 鳥取県防衛協会の紹介
                    
                    藤縄 匡伸(鳥取県会長)

 中国は尖閣諸島を含む東シナ海や南シナ海の領有権を主張し、仲裁裁判所の裁定を無視してまで軍事拠点化を図ろうとしているように思える。
 また、北朝鮮は核実験やミサイル発射など挑発的行為を繰り返して行っている。これらのこと以外にもグローバル化社会の反動、格差社会の拡大としてかどうかは不明であるが、様々なテロの脅威、紛争地からの避難移民問題、ポピュリズムの台頭などが世界中で発生している。  
 一方、戦後71年を経ったいま、世界の秩序づくり、世界警察としての役割を担ってきた米国が弱体化しているように見え、世界第2位の経済大国となった中国が、周辺諸国を取り込んで米国と並ぶ国へと変貌して、新しい世界秩序の構築を急いでいるようにも感じられる。  
 このような状況の中で、当会では毎年中国・四国地区自衛隊協力団長会議に参加し、共同見解を陳情・要望書として防衛大臣などに提出して、その成果として、要望事項が予算に反映されていると思っている。  
 一昨年9月に平和安全法制が成立し、自衛隊の任務が多様化している中、国民の理解を得るため政府も民間団体も同じベクトルで発言していかなければ、方向性を失うことにもなる。  
 日本海沿岸地方には海上自衛隊の基地が少なく、手薄であるように感じているが、山陰地方にも分遣隊の整備が必要不可欠ではないのか、他の協力団体と力を併せて切実な問題として提案していくことも重要ではないだろうか。
 ややもすれば、自衛隊関係のこととなるとソッポを向くか無関心を装う国民が少なくないが、いざとなったとき頼るべきは自衛隊しかいないのであり、もっともっと自衛隊に対する理解を深めてもらうための啓発活動や支援体制を充実強化していく必要があると思っている。  
 鳥取県は人口が一番少ない県であるが、平井伸治鳥取県知事の著書「小さくても勝てる」にもあるように、やればすぐできる県であり、そのフットワークの良さを活かして、経済界等とも連携を取ってすすめていくことが重要である。そのためにも、会員増強を図ることが先決である。
                                          平成29年1月1日

  
平成28年

●防衛協会会報第136号 28.10.01 「福井県防衛協会の紹介」川田達男(福井県会長
●防衛協会会報第135号 28.07.01 「岐阜県防衛協会の紹介」村瀬 幸雄(岐阜県会長)
●防衛協会会報第134号 28.04.01 「中部自衛隊協力会の活動について」橋治朗(中部自衛隊協力会会長)
●防衛協会会報第133号 28.01.01 「地域とともに歩む自衛隊」岡本直之(三重県会長)

川田 達男(福井県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第136号(28.10.1)掲載
                  福井県防衛協会の紹介
                    
                    川田 達男(福井県会長)

 尖閣諸島周辺海域での領海侵入など、東シナ海や南シナ海で海洋進出を強める中国や、弾道ミサイルの発射を繰り返している北朝鮮など、我が国を取り巻く安全保障環境は緊迫度を増しています。
 また、テロやサイバー攻撃など、新しい危機や国家の防衛に対処しなければならない時代にあります。 特に、福井県は多くの原子力発電所が立地しており、有事の際に危機が及ぶ可能性もあります。
 今後もこういった状況の継続もしくは悪化に備え、国家安全のためにもしっかりとした体制を構築する必要があり、戦後70年を超えて築いてきた日本の平和と安全の維持に向けて、自衛隊の役割は益々増えていくものと感じています。
  一方、国内に目を転じますと、台風や水害、火山活動など自然災害が頻発しています。今年4月の熊本地震では、東日本大震災以来の震度7を記録し、甚大な被害が発生しました。自衛隊は深刻な状況にある被災地にいち早く駆け付け、危険を伴う倒壊現場での人命救助や瓦礫除去、炊き出し、給水、物資の輸送など、災害現場において昼夜を問わず迅速かつ懸命に任務にあたられ、その姿は頼もしくもあり、改めて存在の大きさを確認いたしました。
 こうした国家の安全を守る自衛隊の存在と、自衛隊員が日頃から厳しい訓練を重ね、不測の事態に備えているということを、国民に広く認識いただくことが肝要であり、その役割を担うのが我々防衛協会であります。
 福井県防衛協会では、自衛隊に対する福井県民の理解促進に向け、「陸・海・空自衛隊福井市中パレード」を、平成25年度より実施しております。昨年9月開催の第3回目となるパレードの当日には、会場の福井市中心部の目抜き通りに過去最多となる約2万7千名の観衆が集まり、F-15J戦闘機の閲覧飛行や徒歩部隊・車両部隊の観閲行進、音楽隊の演奏などに大きな拍手が送られました。
 本県唯一の実働部隊である鯖江駐屯地所属部隊のみならず、近隣府県の部隊が一体となった自衛隊の勇姿を実見し、有事における防衛体制を目の当たりにできたことは、防衛への関心の向上につながったものと感じております。
 第4回目となる今年は、10月1日(土)11時から開催されます。より多くの方にご覧いただき、自衛隊に対する信頼感と親近感を一層強めていただきたいと思っております。
 今後も当協会の活動趣旨にご賛同いただける方々と幅広く連携し、これまで以上に自衛隊活動を支援しながら、防衛思想の啓蒙普及に努めてまいります。

村瀬 幸雄(岐阜県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第135号(28.7.1)掲載
                  岐阜県防衛協会の紹介
                    
                    村瀬 幸雄(岐阜県会長)

 岐阜県防衛協会は自衛隊岐阜地方協力本部と連携し、自衛隊員の後方支援と会員同士の親睦を深めることを主な活動としています。
 毎年7月に定期総会を開催し前年度の決算報告と事業計画を承認するとともに、同日に講演会を開催しています。 平成27年度は自衛隊岐阜地方協力本部長 福原弘教1等空佐より自衛隊の概要についてご講演いただきました。
  平成27年11月には航空自衛隊浜松基地エアパークへの視察見学会を実施しました。岐阜県内の15支部から25名の会員が参加し、装備や施設の見学、フライトシミュレーターでの自衛隊機の操縦体験等を楽しみました。
 また自衛隊を退職された方の後方支援にも注力しており、自衛隊岐阜地方協力本部が開催している雇用協議会に毎年事務局が参加しています。
 防衛協会の会員事業所からも出席していただき自衛隊員の再就職への理解を広めています。
 毎年3月には次年度に自衛隊に入隊される方、防衛大学に入学される方を対象とした入隊入校者激励会を開催しています。                                            事務局

橋 治朗(中部自衛隊協力会会長)

                                 防衛協会会報第134号(28.4.1)掲載
              中部自衛隊協力会の活動について
                    
                    橋 治朗(中部自衛隊協力会会長)

 中部自衛隊協力会会長を務めております、橋治朗です。
 当協力会は、昭和34年に東海地方を襲った伊勢湾台風の甚大な被害において、自衛隊による支援活動に対し、民間が感謝の意を込め、自衛隊を支援するための組織構築を目的に、昭和36年、名古屋商工会議所を中心に地域の団体や企業、個人で構成する民間団体として発足し、現在、会員数290名で構成されております。
 当協力会は、陸上自衛隊第10師団の活動支援を中心に、年間を通じて様々な事業を実施しております。 第10師団は、名古屋市守山区に司令部を置き、愛知県・岐阜県・三重県・富山県・石川県・福井県の6県を管轄地区としており、広範囲にわたって地域防衛の要を担っていただいております。  具体的な事業としては、自衛隊をより深く理解していただくため、師団長による防衛講話、各地の基地視察、富士総合火力演習視察、音楽隊のコンサート鑑賞など会員向けの事業を実施するほか、愛知県自衛隊退職者雇用協議会と緊密な協力関係を構築し、退職自衛官の雇用促進事業にも積極的に取り組んでおります。
 世界情勢は刻々と変化し、ISなど急進的なイスラム原理主義の拡大によるテロの脅威の増大、シリア内戦によるヨーロッパの難民・移民問題、南シナ海での中国による威嚇行為、さらにはサイバー攻撃など多種多様な事態が発生し、我が国を取り巻く安全保障環境も大きく変化しております。    
 特に北朝鮮によるミサイル発射や核実験実施を含む挑発行為、中国による尖閣諸島周辺海空域での領海・領空侵犯など、予断を許さない状況にあります。  
 こうした情勢の中で、我が国が今後も経済・文化の発展を続けていくには、政府だけでなく、我々国民も国際情勢を認識したうえで最適な安全保障体制構築のために努力していかなければなりません。  
 当協力会が支援する陸上自衛隊第10師団は、米軍との協同訓練の参加、防衛協力・交流の推進、南スーダンにおける国連平和維持活動や国際緊急援助活動などを行っており、国際的にも高い評価を得ております。
 当協力会では、一昨年9月の御嶽山噴火による災害派遣部隊に対する支援物資の提供など、多くの災害救助活動に協力しており、国民・地域住民と自衛隊との架け橋となるべく、引き続き自衛隊との協力を実施してまいります。
 中部自衛隊協力会は設立当初から、自衛隊と中部地区住民との相互理解と親睦を図り、自衛隊の健全な発達に寄与することを目的としております。
 各種事業をなお一層推進していくことで、引き続き陸上自衛隊第10師団を支援してまいりたいと考えておりますので、皆様のご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

岡本直之(三重県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第133号(28.1.1)掲載
                 地域とともに歩む自衛隊
                    
                    岡本 直之(三重県会長)

 明けましておめでとうございます。  全国の防衛協会会員の皆様には、ご家族ともども健やかに新年をお迎えのことと心よりお慶び申し上げます。
  さて、三重県は、陸上自衛隊「久居駐屯地」、「明野駐屯地」、航空自衛隊「笠取山分屯基地」、「白山分屯基地」と4つの拠点がありますが、この中でも陸上自衛隊の二つの駐屯地は市街地から近く、地域の人々が自衛隊を比較的身近に感じているのではないかと思います。
 昨年も、久居駐屯地では4月に開設記念行事、10月には明野駐屯地で航空祭がそれぞれ開催され、多くの見学者が訪れました。私も、久居駐屯地開設63周年記念行事に参加させて頂きましたが、日夜厳しい訓練で鍛えられた隊員の皆さんのきわめて士気旺盛な勇姿に接し、大変心強く、又頼もしく感じた次第です。
 ところで、自衛隊の活動は、我が国の国土防衛に加え、国際平和協力活動への参加や、国内外での大規模災害発生時における支援など、我々国民のみならず世界にとっても欠かせないものとなっています。
 我が国を取り巻く安全保障環境は一段と厳しくなっており、周辺国の動向には一層の注意が必要となっていることは疑いようのない事実です。ウイグルやチベット、そしてウクライナで起こった現実をふまえ、現在も進む中国の海洋進出や、いつ起きてもおかしくない朝鮮半島の有事などに対応するため自衛隊の存在はますます重要なものとなっています。
 また、東日本大震災における自衛隊の活動は、多くの皆様の記憶に残っていますが、県内においても「紀伊半島大水害」(平成23年9月)の際には、多くの地域住民の救助活動にあたって頂きました。当地域においては、東海地震、東南海・南海地震の発生が懸念されており、地震による被害もさることながら沿岸の各市町村においては津波による甚大な被害も予想されています。災害救助活動という点においても地域の自衛隊に対する期待は格段に高まっています。
 結びに、本年5月「伊勢志摩サミット」がここ三重県で開催されます。県は誘致に際し、この地で悠久の歴史を紡いできた伊勢神宮の「他の宗教などを排除せず、全てを受け入れて共存する精神」や「世界平和へのメッセージ性」を訴えてきました。これは昨年、戦後70年を迎えた平和国家としての日本を発信するにふさわしく、この地での開催は大いに意義のあることと思います。
 当連合会として、「伊勢志摩サミット」の成功を心から祈念申し上げるとともに、これからも地域の皆様に対する防衛思想の普及と愛国心の高揚のため、一層の努力をして参る所存でありますので、皆様方のご支援、ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。

平成27年

●防衛協会会報第132号 27.10.01 「日本人の意識改革の時は今しかない」中嶋君忠(長野県会長)
●防衛協会会報第131号 27.07.01 「地道にコツコツと」佐伯鋼兵(埼玉県会長)
●防衛協会会報第130号 27.04.01 「日本の誇り「自衛隊」」河本英典(滋賀県会長)
●防衛協会会報第129号 27.01.01 「心強い自衛隊応援団を目指して」青木 勲(栃木県会長)

中嶋 君忠(長野県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第132号(27.10.1)掲載
              日本人の意識改革の時は今しかない
                    
                    中嶋 君忠(長野県会長)

 戦後70年間平和な暮らしに慣れてきた国民は、世界の情勢が変わってきても、いぜん憲法9条を守っていれば誰も攻めて来る者はいない。二度と戦争はしたくない、と思っている人が大半である。
 誰も戦争を好む人はいない、しかし戦争をしても取れるものなら、力ずくで領土拡張を狙っている国は沢山ある事を忘れてはいけない。
 かつての中国は国力も戦力も無く他国の侵略を考える力はなかったが、今や膨大な戦力を持ち、反面アメリカの国力が落ちてきたのを幸いに、南シナ海では傍若無人に島の拡張に取り組み、近隣諸国やアメリカの云う事には耳を傾けることなく振舞っている。
 日本の尖閣諸島にも毎日のように領海に侵入し、領空侵犯も昨年よりも5割も増加しその度に航空自衛隊がスクランブル発進しているのが現状で、日米安保に少しでもひびが入ったらすぐにでも上陸をして取ってしまおうと虎視眈々と狙っている実情なのに、あまりにも不用心な国民である。これすべて愛国心を無くす教育の成果である。
 総理大臣の戦後70年の談話も野党、マスコミ、外国の圧力で屈辱的な談話を発表せざるを得なかったが、中国、韓国ですらおおよその評価をしているのに、半月もたった昨日の国会では何処の国籍の人かと思うような野党の議員が謝罪や侵略の言葉が足りないと盛んに食って掛かっていましたが、誠に情けない議員が居る物だと思いました。
 最後に戦争を知らない若い世代にまで謝罪外交を続けさせてはならないと言って居りましたが、歴代総理全部が談話を発表した訳では無く、たまたま50年、60年に当たったお利口すぎる人が語ったのが何時までも尾を引いただけなので、安倍総理にはこの際中止を発表して戴ければ良かったと思います。
 しばらくは批判もされるでしょうが、談話を発表しなければならない義務がある訳では無し、人の噂も75日それ以上は答える必要もなく、80年、90年も問題にならなくなるでしょう。 国家国民を守る為にも集団的自衛権の確立及び憲法の改正はどうしても必要な事であると思います。                (平成27年8月25日)

佐伯 鋼兵(埼玉県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第131号(27.7.1)掲載
                   地道にコツコツと
                    
                    佐伯 鋼兵(埼玉県会長)

 第6代埼玉県防衛協会会長を務めております佐伯鋼兵(埼玉県商工会議所連合会会長、さいたま商工会議所会頭)でございます。当協会は、自治体、団体、企業および個人で構成されており、会員数約400で、来年度に創立50周年を迎えます。  
 ここ埼玉県は、陸上自衛隊「朝霞駐屯地」および「大宮駐屯地」、航空自衛隊「入間基地」および「熊谷基地」が所在しており、首都防衛の要を担っております。しかしながら、いずれの駐屯地および基地も住宅地の真っただ中あること、また本格的な戦闘訓練等を実施する野外演習地等がないことから、戦車、戦闘機等の第一線の配備はなく、指揮機能、後方支援機能、および学校等に限られております。
 また埼玉県は、関東平野のほぼ中央に所在していることから、自然災害の発生は少なく、災害派遣等、県民が自衛隊員の活動を直接肌で感じることが、非常に少ない県とも言えます。さらに県民の多くが、県外からの移住者であり、東京に通勤する埼玉都民であることもあって、県民としての意識(郷土愛)があまり高くない県ともいえるでしょう。この郷土愛こそが愛国心に通じるものであり、郷土愛が希薄であることは、防衛意識が低く、正しく理解されていないことに繋がります。  
 自衛隊の親睦団体として活動している団体は多々ありますが、県民の防衛意識の向上に直接取組んでいる団体は、防衛協会が主体となっております。防衛意識が低い県民性に、難しい安全保障、防衛問題を訴えてもあまり効果がありません。
 当協会は、「まずは自衛隊を見て、触って、経験してもらい、これを通じて自衛隊を理解していただく。」ことを主眼に活動しております。具体的には、安全保障に関する講演会、自衛隊の音楽隊によるコンサート等を開催して、参加者に防衛協会のリーフレット(東部防衛協会作成)を配布(1000部×2回)して、会員拡大に努めるとともに、当協会の目的である「自衛隊と県民相互理解の向上」を図っております。
 また会員には、年5回程度部隊等の研修を行い、「見て、触って、経験して」を実施し、同じく目的である「防衛意識の普及高揚」を実施しております。  
 現在、国家百年の計ともいえる集団的自衛権について、大々的に議論されております。当協会は、政府の方針を支持すると同時に、地道にコツコツと会員、県民のご理解が得られるよう活動いたしますので、皆様のご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

河本英典(滋賀県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第130号(27.4.1)掲載
                  日本の誇り「自衛隊」
                    
                    河本英典(滋賀県会長)

 滋賀県は、東海道・東山道(中山道)・北陸道が合流する陸上交通の要衝にあり、県土の6分の1の面積を占める琵琶湖は、京阪神1400万人の水がめとしての機能を担っています。その琵琶湖の北西の丘陵に陸上自衛隊今津駐屯地と航空自衛隊饗庭野分屯基地があります。
 今津駐屯地は、近畿2府4県を守る第3師団の第3戦車大隊、東海・北陸6県を守る第10師団の第10戦車大隊はじめ様々な部隊が駐屯。隣接する「あいば野演習場」は中部方面隊の最大規模の演習場で、年間を通じて射撃や各種訓練が行われています。一昨年秋には、陸上自衛隊と米海兵隊が、オスプレイを初めて使った日米共同訓練を行われています。航空自衛隊饗庭野分屯基地は、あいば野の南縁部にあり、地対空ミサイル部隊が配置されています。  
 また、琵琶湖南部の県庁所在地・大津市に大津駐屯地があり、中部方面混成団本部、第109教育大隊、第4陸曹教育隊があり、駐屯地では創立記念行事や夏祭りを行ったり、年間を通じて部隊見学・隊内生活体験等、地域の皆さまとの交流が行なわれています。
 滋賀県防衛協会は、昭和37年の創立より50年余、滋賀地方協力本部と緊密な連携のもとに、10支部と女性部、青年部が、防衛に関する意識の高揚や隊員の激励、慰問をはじめ数々の事業を行っています。例年春には、入隊・入校予定者の激励会を開催し、大きな期待を胸に入隊・入校される皆さんとご父兄に感謝と敬意を表すとともに、今後ともしっかりと支援をしていくという私たちの思いを伝える機会としています。昨年は、会員の増強、防衛意識の啓蒙をさらに強化する年として、自衛隊をもっと身近に感じていただくための講演会を開催しました。
 今年は、第二次世界大戦の終結から70年。わが国はこれからも、国際協調主義に基づく積極的平和主義のもと、わが国の安全と国際社会の平和と安定を維持していかなければなりません。しかし、周辺国の動向は目が離せず、特に中国の軍事力増強や軍事活動の活発化により、わが国周辺及び東シナ海・南シナ海などにおける安全保障環境がより一層深刻になってきています。国民の生命と財産、領土・領海・領空を守る自衛隊の活動はますます重要になっています。
 そして、海外における国際平和協力業務や災害援助活動、国内における阪神淡路大震災や東日本大震災をはじめとする災害支援活動によって、自衛隊に大きな期待と信頼が寄せられるようになりました。昨年の福知山や広島の水害や土砂災害への救援活動、御嶽山の噴火における救助活動など、数々の献身的な救助活動は、多くの国民に大変心強いものに映ったと思います。その圧倒的な機動力、高度な技術力、強靭な精神力は、私たち日本の誇りともいえます。  
 私たちは、こうした自衛隊の様々な活動をより多くの地域の方々に伝え理解を広げるとともに、隊員の皆さんが様々な場面でご活躍いただけるよう、今後とも支援を続けてまいります。

青木 勲(栃木県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第129号(27.1.1)掲載
                心強い自衛隊応援団を目指して
                    
                    青木 勲(栃木県防衛協会会長)

 平成27年新春を迎え、全国防衛協会連合会会員の皆様には謹んで新春のお慶びを申し上げます。  
 さて、我が栃木県は、自衛隊栃木地方協力本部、北関東防衛局宇都宮防衛事務所、陸上自衛隊宇都宮駐屯地、同北宇都宮駐屯地が所在し、隊員の皆様は日々訓練に精励され、国民の安心安全の柱として日夜活動されております。
  昨年10月に発生した御嶽山噴火に伴う災害時には、北宇都宮駐屯地から第12ヘリコプター隊第1飛行隊、宇都宮駐屯地から第12特科隊を中心とした地上部隊がそれぞれ派遣されました。  
 また、宇都宮駐屯地に駐屯する中央即応連隊は、国際平和協力活動等において先遣隊として行動する陸上自衛隊唯一の部隊として、毎年多くの隊員が海外に派遣され、日の丸を背負い、任務を完遂されております。
 当協会といたしましても、昨年10月の派遣任務終了に伴う同連隊隊員の帰国の際には、初めてJR宇都宮駅において、留守家族や多数の関係者をご招待し、多くの市民の見守る中、帰国隊員に対する出迎え行事を盛大に開催いたしました。その際、一般の方々より「このような部隊があることを初めて知った、大変ご苦労様でした」などねぎらいのお言葉も拝聴することができ、大成功の行事となりました。  
 当協会青年部におきましては、昨年10月31日から2日間にわたり開催されました「第3回関東地区青年部連絡協議会栃木大会」において、開催地担当として地方協力本部の協力を得ながら準備を推し進め、関東のみならず全国防衛協会連合会及び同青年部会の会員の皆様多数ご臨席を賜り大盛会の大会となりました。今大会の開催が、当協会青年部にとりまして素晴らしい経験となり、会員の絆がより一層深まり、更なるスキルアップが図られたと思っております。また、これを機会に協会の組織拡大、特に青年部会、女性部会の会員増加に更に努めてまいります。  
 このように、私ども栃木県防衛協会は、年間を通じ県内自衛隊に対する様々な協力や当協会主催による各種行事の開催、それに伴う多くの県民に対する防衛思想の普及、会員の増加に尽力させて頂いております。また、今年の春、協会は創立47周年を迎え、会員一同ますます活動の輪を広げるべく、会の垣根を超え、県内各防衛協力団体との連携を図り、自衛隊と国民の絆の構築に一層の努力をして参る決意でございます。  
 結びに、全国防衛協会連合会会員の皆様の益々のご発展とご家族共々のご多幸をご祈念いたしまして新年のご挨拶とさせて頂きます。

平成26年

●防衛協会会報第128号 26.10.01 「県民の防衛意識の高揚、自衛隊への協力を会員の皆様方と共に!」幡谷祐一(茨城県会長)
●防衛協会会報第127号 26.07.01 「北の防人」と県民の架け橋として]杉本 康雄(青森県会長)
●防衛協会会報第126号 26.04.01 「新たな防衛計画元年にあたって」白石 省三(愛媛県会長)
●防衛協会会報第125号 26.01.01 [古都奈良から世界平和を願う] 前田 武(奈良県会長)

幡谷祐一(茨城県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第128号(26.10.1)掲載
   県民の防衛意識の高揚、自衛隊への協力を会員の皆様方と共に!
                    
                    幡谷 祐一(茨城県会長)

 茨城県防衛協会は昭和39年11月の創立以来、本年11月に創立50周年を迎えることになりました。創立に関わられた諸先輩方々のご尽力と協会の活動を継続されて来た会員皆様方のご協力の賜物と深く感謝するところであります。
 創立当時自衛隊茨城地方連絡部は県庁敷地内の木造2階建にあり、前面には広場がありました。春闘の季節にはその広場が県職員組合の集会場となり、賃上げのシュプレヒコールと共に自衛隊税金泥棒!と気勢を上げられたものでございます。  
 現在では防衛庁が防衛省になり、国際貢献活動が各国から認められ賞賛されるまでになっております。 また、国内では先の東日本大震災を始め災害派遣活動での隊員の活動がTV等で報道され、その姿に国民は目を熱くするものであります。  
 災害派遣活動は本来の任務ではありませんが、自衛隊の存在を示すことになります。隊員の方々の地道な活動がどれだけ国民の理解を深めることになって来たかと言うことの証左であります。  
 中国、韓国との領土、領海、領空問題、北朝鮮のミサイル発射等我が国を取り巻く環境は穏やかではありません。このような状況に備えるためにも本来任務のための更なる充実強化が求められるものであります。  
 本年6月に茨城地方協力本部は防衛大臣から第1級賞状を受賞されました。誠に悦ばしいことであります。自衛隊協力諸団体の方々とご一緒にお祝いをさせて頂きました。昭和39年当時税金泥棒!と叫ばれていた隊員の方々のご苦労が土台にあることを忘れてはならないと思っております。  
 70年間平和な暮らしに慣れた者が国民の大部分を占めるようになり、「自分の国は自分で守る。」意識が更に薄らいで来ているように思われます。私どもの努力が足りなかったのかもしれません。 今後、次世代の方々に本会活動を繋いで行くために、県民の防衛意識の高揚、自衛隊への協力を会員の皆様方と共に地道に、着実に続けて参りたいと存じております。

杉本 康雄(青森県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第127号(26.7.1)掲載
              「北の防人」と県民の架け橋として
                    
                    杉本 康雄(青森県会長)

 我が青森県は、三方を海に囲まれ、八甲田連峰、白神山地等の山々もあり本州最北の風光明媚な県であります。自衛隊の関連で言いますと、陸海空の自衛隊の部隊及び三将官が所在する自衛隊とは親密な関係のある県であります。陸上自衛隊の第9師団司令部が青森市にあり、航空自衛隊北部航空方面隊司令部が三沢市に、海上自衛隊大湊地方総監部が、むつ市に所在しております。  
 陸海空自衛隊の皆様には、我が国の平和と独立を守り、国民の生命・財産を保護するという崇高な使命とあわせて国際社会にあって、我が国の平和と国益に貢献するため、日夜厳しい訓練及び複雑多岐な任務に精励されておりますますことに深甚なる感謝を申し上げます。  
 昨年は、陸上自衛隊第9師団から南スーダンへの国際平和協力活動に派遣されていた第3次派遣施設隊約三百三十名の隊員が無事に帰国しました。又、海上自衛隊大湊地方隊からソマリア沖アデン湾の海賊対処にも派遣されています。航空自衛隊は、三沢基地からのスクランブル等が増加し、厳しい環境の中、無事任務を完遂されていることに、改めて敬意を表する次第であります。  
 加えて、各自衛隊は、ねぶた祭りをはじめとする各地のイベントに積極的に参加し地域との連携を大切にされていることに、重ねて感謝申し上げたいと思います。  
 私は、一昨年から青森県防衛協会会長を拝命し自衛隊と県民の架け橋として、微力ながら自衛隊の支えになればと努力している次第であります。  私は青森市に在住しております関係上、近傍の陸上自衛隊青森駐屯地の第9師団長との親交が深く、各行事等に共催という形でかかわることが多いわけですが、第9師団は平成二十四年度に「創立五十周年記念行事」を機に、青森市新町通りの繁華街において四十三年ぶりに市中パレードを行いました。威風堂々の市中パレードを行い二万人の観衆に自衛隊の徒歩行進と車両行進を披露し、翌日は、青森駐屯地において、祝賀式典・模擬戦闘などを行い、訪れた多数の県民を魅了し、確固たる信頼と感銘を与えました。今年も共催し3回目の市中パレードを実施したところ、沿道で日の丸の小旗を振る観衆もふえるなど、一段と盛り上がった行事となりました。
 一方、国内外情勢は相変わらず、不透明・不確実であり、日米同盟上重視される米軍沖縄基地問題、北朝鮮の核開発問題及びミサイル発射問題他、中国、韓国、ロシアとの領土問題等我が国を取り巻く環境は極めて不安定な状態が続いています。このような情勢のもと、予測できない大規模自然災害など民生の安定への貢献の期待もあり、自衛隊に対する国民の期待は、今後も益々増大するものと思います。  
 このような状況の中、陸海空の自衛隊は「北の防人」として各指揮官を核心として日夜厳しい訓練に精励され、困難な任務を完遂し、精強部隊として活躍をしています。  私共、防衛協会といたしましても県民と自衛隊との架け橋としていっそうの協力・支援の推進に努める所存であります。  
 青森県と自衛隊は現在まで、良好な関係を続けていますが、これからも益々親密に関係を深め、有事、不測事態及び大規模災害発生等の一大事には、県民と自衛隊が一体となって行動し対処していければと、県防衛協会会長として強く思う次第です。  
 皆様におかれましては、これまで同様、ご支援・ご協力をよろしくお願い申し上げます。

白石 省三(愛媛県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第126号(26.7.1)掲載
               新たな防衛計画元年にあたって
                    
                    白石 省三(愛媛県会長)

 全国防衛協会連合会会員の皆様には、平成26年度の幕開けに際し、新たな決意を抱いてスタートを切られていることと思います。
 新年度の会報発刊にあたり、我が国の防衛と自衛隊に対する支援・協力の一翼を担っております当連合会常任理事・愛媛県防衛協会会長として、皆様に我が国の防衛に対する連帯と決意を表明させていただきます。
 我が国の安全保障環境は、我が国固有の領土・領海や主権を脅かす不当な外圧と謂れ無き誹謗中傷・日本叩きの他、北朝鮮によるミサイル発射や国際世論を無視した核実験など、国際平和・地域の安定を希求する我が国への挑発行為が見られ、一層厳しさを増しています。
 また、国政に目を向けますと、外交・安全保障を最重要課題の一つに位置づけている安倍首相は、着実にその歩みを進めており、本年の年頭所感において、「『積極的平和主義』こそが、わが国が背負うべき『21世紀の看板』だと確信する」と強調したことも記憶に新しいところであります。
 この様な情勢の中、自衛隊は、南スーダン国際平和協力活動やソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動、更にはフィリピンでの台風被害に対する国際緊急援助活動など、日の丸を背負って黙々と任務を遂行しており、その姿・能力は国際的にも高く評価されております。
 また、国内においても24時間態勢での警戒・監視活動の他、昨年10月に発生した台風26号による伊豆大島の土砂災害への災害派遣活動等を始め、多くの災害救助などにも活躍しています。
 このような自衛隊の活動については国民から更なる期待が寄せられており、私ども自衛隊を支援する団体におきましても隊員の皆様に対する感謝の念が堪えません。
 さて、我が国では、多様な事態により実効的に対処し得る態勢の整備を進めるとして、新たな「防衛計画の大綱」が閣議決定されました。これ等を実効的に運用するのも人・隊員であり、私ども防衛協会は、自衛隊を協力・支援する国民の代表として、更に防衛意識の高揚に努めて行く必要に迫られていると痛感しております。
 そのため、我が国の平和と安全に関して、先ず防衛協会から国民をリードして行こうではありませんか、そして、自衛隊の皆様にこの仕事をしていて良かったと感じていただけるよう、自衛隊を誇りに思う国民性の育成にも努めて参る決意でございます。
 終わりに、各協会の益々のご発展と会員の皆様のご多幸を祈念いたしまして、新年度のご挨拶とさせていただきます。

前田 武(奈良県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第125号(26.1.1)掲載
               古都奈良から世界平和を願う
                    
                    前田 武(奈良県会長)

 平成26年新春を迎え、全国防衛協会連合会会員諸先輩には謹んで新春のお慶びを申し上げます。  
 昨年11月30日に我々奈良県防衛協会も歴代会長ご尽力のもと、設立50周年を迎え、全国防衛協会連合会江間理事長、奈良県知事荒井省吾様をはじめ県下選出国会議員の先生方、各市町村長様、県議会議員の皆様、自衛隊陸海空幹部のご臨席を賜り、かくも盛大に記念行事を挙行させて頂くことができて、私はじめ奈良県防衛協会会員一同心より厚く御礼申し上げます。
 また、小野寺五典防衛大臣から50周年に当たり身に余るお言葉を賜り、会員一同身の引き締まる想いでありました。  
 全国で唯一陸上自衛隊駐屯地の無い奈良県ではありますが、国家の領土と国民の生命財産を守り、国際貢献を目指すため、日夜訓練に精励されている防衛省自衛隊の皆様には心から感謝するとともに誠心誠意ご支援させて頂く決意であります。
 さて、一昨年の紀伊半島大水害では奈良県吉野郡十津川村でも、大豪雨により、山からの崩れた土砂が川を堰き止め、勢い衰えず対岸の集落までも襲って尊い犠牲者を出すに至りました。 想像をはるかに超えた豪雨に見回れ、迅速な避難が出来ず亡くなられた犠牲者の方々及びご遺族の皆様に対し、紙面をお借りし、心から哀悼の意を捧げご冥福をお祈り致します。
 この大水害による災害派遣の際、県知事の要請で京都宇治市に駐屯している第四施設団隷下第七施設群が陣頭指揮を執り救援活動に駆けつけて頂きましたが、大量の土砂で道路が寸断されていたため車両が通行できず、指揮官の指示で道無き道を徒歩で現地入りして全力で被災地の救援活動に当たって頂きました。  
 現在、被災地は国交省はじめ奈良県が復興に向け全力で工事にご尽力頂いていますが、災害に遭われた皆様から、当時救援に駆けつけた自衛隊隊員の姿と励ましの声を聞かされて大いに勇気づけられたと聞き及んでおります。 我々県民としても自衛隊の皆様には只々頭の下がる思いであり、心から感謝申し上げます。
 本来自衛隊の使命は国土防衛と国際貢献でありますが、厳しい訓練の積み重ね、即応態勢を堅持して国家国民に平和と安らぎを与えて頂いている隊員各位のために信頼と敬意を表して、我々防衛協力諸団体が国民と自衛隊との絆の構築に今日以上に尽力させて頂くべく必要性を感じております。
 現在、国際社会において、日本人は、誠実かつ忍耐強い国民性と国を愛する精神を有する豊かな心の国民として高く評価され、我々としても先進国として模範的な役割を果たしているものと思われますが、一部近隣諸国の理解を超えた問題提起に対しては、外交のみでは自国の利益のみを優先して相手国との交渉を有利に進めるということを踏まえて、今や国民の一人一人が我が国の防衛を真剣に考え、理解し、適切な抑止力を堅持することで日本の正しい姿勢を相手国に認識して頂けるのではないかと思います。  
 2020年にスポーツの祭典オリンピックが再度東京で開催されることが決定しましたが、このことは開催条件を満たすとともに日本国民の相手を受け入れる気持ち、すなわち「おもてなし」の心が高く評価され、開催国として最も相応しいと認められた結果であると確信しております。
 我々としましては、オリンピック開催決定を良い機会と捉え、古都奈良から世界平和を願望とする国家であることをより一層広く世界に訴えかけて、世界の人々との触れ合いとそこから湧き出る世界平和の絆を構築すべく努力を積み重ねて参りたいと思います。

平成25年

●防衛協会会報第124号 25.10.01 [安全保障についてしっかりと考える] 町田 錦一郎(群馬県会長)
●防衛協会会報第123号 25.07.01 [自衛隊を引き続き支援] 末吉 紀雄(福岡県会長)
●防衛協会会報第122号 25.04.01 [防衛基盤の育成を支援しさらなる充実・発展を図る] 稲垣晴彦(富山県会長)
●防衛協会会報第121号 25.01.01 [転機のいま、日本が生き抜くための憲法論議を] 鈴木 与平(静岡県会長)

町田錦一郎(群馬県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第124号(25.10.1)掲載
            『安全保障についてしっかりと考える。』

                    
                    町田錦一郎(群馬県会長)

 群馬県防衛協会は、「自衛隊と県民との相互理解を深め親睦を図り、もって自衛隊の健全な発展に寄与すること」を目的に「群馬県自衛隊協力会」として昭和38年1月に設立し以来50年間に渡り県民と自衛隊との架け橋となって参りました。
 当会は、群馬県に所在いたします相馬原、新町、吉井等各駐分屯地の行事を積極的に支援しているほか、自衛隊三大行事の見学や駐屯地研修、講演会などを通じ、県民に防衛意識の高揚普及を図っております。
 また、第十二旅団(相馬原駐屯地)の全面的な協力の下、県内在住の小学生を対象に、毎年約150名を相馬原演習場に招待し、青少年キャンプ教室を開催して、自衛隊に対する親近感の醸成や健全な青少年の育成に寄与しております。その他、当会下部組織の青年部会、女性部会についても積極的に活動しており、青年部会は昨年度、「群馬防衛シンポジウム2013・どうやって日本を守るのか?緊急トークライブ」として著名なパネラーを交え、ディスカッション形式で防衛問題について議論を交わしました。女性部会においても設立10周年の記念行事を昨年11月に行い、県内外より多くの方々にご来臨賜りまして成会裡に終了致しました。
 さて、今日の我が国を取り巻く安全保障環境は一段と厳しいものとなっております。  北朝鮮は、核や弾道ミサイルの開発を推し進め、ロシアでは、極東地域での大規模演習を行い、昨年に引き続き活発な軍事活動を行っております。中国は、軍事力の拡大・近代化を図り、近年海軍力を増強し、外洋への進出を加速させております。また、我が国を含め、中国に領海を侵され、不当に領有権を主張されている国もあり、予断を許さない状況となっております。このような状況の中、先日行われました選挙により、長らく続いた衆参のねじれも解消され、ようやく安定した政治情勢となりました。  
 自衛隊は、創設以来、国民の負託に応えるため、日々厳しい訓練を重ね、真摯に与えられた職務を全うし、国民に認知され、国民に必要とされる自衛隊となりましたが、その一方、より効果的・効率的な防衛力整備が求められているところとなっております。また、我が国は自国を防衛する権利を有しながら、自国の法律により多くの制約を自ら課し、雁字搦めとなっております。
 現政権の中では、そうした矛盾を正し、独立国として当たり前の常態に戻そうと、その一歩を踏み出そうという機運も、徐々にではありますが高まっていると感じております。国内において慎重な意見も多くありますが、短絡的に反対するのではなく、安全保障についてしっかりと考えるよう啓蒙して行きたいと思います。  
 群馬県防衛協会は、我が国の防衛に尽力する自衛隊の皆様に深甚なる感謝と敬意を表しますとともに、会勢の一層充実を図り、防衛基盤の育成充実に邁進して行きたいと考えております。皆様方のご支援ご協力を賜りますようお願い致します。

末吉 紀雄(福岡県自衛隊協力会連絡協議会会長)

                                 防衛協会会報第123号(25.7.1)掲載
                  自衛隊を引き続き支援
                    
                    末吉 紀雄(福岡県会長)

 福岡県内には、福岡、北九州、飯塚、小郡、久留米、大牟田、女性部会など各地区自衛隊協力会がございます。福岡県自衛隊協力会連絡協議会は、各地区協力会や防衛協会との連絡調整や各地区協力会の健全な発展に資するとともに、自衛隊の行事に協力し、わが国の防衛に貢献することを目的としております。
 昨年度は、自衛隊記念行事への協力のほか、大分県の日出生台演習場における実弾射撃訓練見学や防衛講話の開催、防衛協会九州・沖縄地区大会への参加、全国防衛協会女性部研修大会の支援などおこない、防衛意識の高揚に努めてまいりました。
 自衛隊は発足以来、我が国の平和と安全の維持はもとより、国際貢献活動や災害発生時の災害派遣による人命救助、生活支援の分野で、その力を遺憾無く発揮し、国民生活の安定に多大な貢献をされています。
 福岡県においては陸上自衛隊第四師団をはじめ、陸上、航空の各部隊に地方協力本部を加え、総勢11,400人の自衛官の皆様が国内外での任務に当たっておられます。 特に一昨年3月に発生した東日本大震災では、10万人体制で災害派遣に臨まれ、九州・沖縄地区からも多くの部隊が派遣され、行方不明者の捜索・救助や被災者生活支援など、長期にわたり活動されました。
 また、昨年7月の福岡、熊本、大分に甚大な被害をもたらした九州北部豪雨では、西部方面隊区の各部隊より延べ5千人を超える災害派遣を展開されました。隊員の皆様が被災地で活動される真摯な姿に接し、国民から信頼され、負託に応える組織であることを改めて強く感じた次第です。
 一方、昨今のわが国を取り巻く安全保障環境は、北朝鮮の「人工衛星」と称するミサイル発射や核実験の実施、中国による尖閣諸島周辺域での領海侵入・領空侵犯、海軍艦艇による火器管制レーダーの照射などが発生し、またアルジェリアにおける人質事件など国際テロや国境を越えたサイバー攻撃などの課題もあり、依然として複雑で不確実なものとなっております。
 このような中、自衛隊は平素よりわが国周辺における警戒監視や情報収集などを不断に実施され、あらゆる事態に即応できるよう体勢を維持されております。特に北部九州に展開されている各部隊は、東アジア各国に接する防衛の要として、全国の自衛隊の中でも極めて重要な地位・役割を担っており、国民の期待も非常に大きなものがございます。隊員の皆様が国家・国民の平和と安全を守るため、日々厳しい訓練を積まれ、有事の際に備えられていることは、非常に心強く感じております。
私どもは、こうした自衛隊の活動をPRし、より多くの企業、住民の方々の理解を深めるとともに、自衛隊の皆様が国民の期待に十分応えうる活躍ができますよう微力ではございますが引き続き支援して参りたいと考えております。

稲垣晴彦(富山県自衛協会会長)

                                 防衛協会会報第122号(25.4.1)掲載
         防衛基盤の育成を支援しさらなる充実・発展を図る
                    
                    稲垣晴彦(富山県会長)

 富山県自衛協会は、「自衛隊を正しく理解し、県民との相互協力の実りをあげること」を目的として昭和38年12月に設立され、設立以来県民の防衛意識の高揚に努める活動を県内の他の協力団体と連携して行ってきております。
 昨年度は機関誌発行協力、自衛隊音楽隊演奏会協力、艦艇や自衛隊機の一般公開協力などの事業を行い、多くの皆様にご参加いただきました。さらに当協会は今年で50周年を迎えることができました。これは、偏に歴代の会長、役員、会員の皆様方が組織の維持発展にご尽力されてこられたことによるものであり、深く敬意を表するものです。設立当初よりご協力いただいております自衛隊富山地方協力本部の皆様にも感謝申し上げます。
 さて、東日本大震災発生から2年余り経過しましたが、被災地の復興はまだまだ進んでいるとは言い難い状況が続いております。震災発生直後、迅速に10万人を超える体制で被災地における捜索・救助活動、復興支援活動を行った自衛隊の活躍は、被災地の方々に勇気と希望を与え、全国民にその重要性を改めて認識させることとなりました。
 一方、日本を取り巻く安全保障環境を見てみますと、尖閣諸島に対する外国公船や航空機による相次ぐ領海・領空侵犯、北朝鮮によるミサイルの発射など、我が国の領土の防衛・警備の重要性を痛感する状況となっております。
 特に、国際社会から激しい非難を浴びているにもかかわらず全く意に介さずに軍事路線を推し進める北朝鮮の姿勢は、地理的に近い位置にある日本海側の県にとって大きな脅威となっております。また、アルジェリアで発生した武装勢力によるテロ事件は、我が国の国民の命と財産を守ることの重要性を改めて再認識することになりました。
 このような状況の中、国防についてその任に当たる自衛隊の組織力強化と装備品の拡充は喫緊の課題と考えます。私も第8代の会長として、厳しい状況下において懸命に任務を遂行する自衛隊に対し、引き続き微力ではありますが防衛基盤の育成という面から支援するとともに、当協会のさらなる充実・発展を図っていく所存でございますので、皆様方におかれましても、これまでと同様に、ご支援、ご協力の程よろしくお願い申し上げます。

鈴木 与平(静岡県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第121号(25.1.1)掲載
           転機のいま、日本が生き抜くための憲法論議を
                    
                    鈴木 与平(静岡県会長)

 今世紀は、アメリカはじめ中国、ロシア、インドと言った巨大多民族国家がそれぞれの国内に多くの矛盾を抱え、その矛盾の矛先を外に向けようとし、結果すさまじいエネルギーでせめぎ合う時代になると言われている。これにイスラム諸国が加わり国際情勢は極めて複雑な動きとなろう。
 こうした中で、中国、ロシア、アメリカと言う、必要ならば戦争も厭わない巨大多民族国家に囲まれた日本はどうしたら国際社会の中で生き残って行く事が出来るのか?国力の衰えが見える日本の、国際社会に於ける地盤沈下は食い止めることが出来るのか?  我々に科せられた課題は大きい。
 今日本は幕末の黒船を迎えたのと同じ大きな転機にあると言ってよい。黒船の後、日本は明治維新を経験し、1889年に国家の基本体制を定めた大日本帝国憲法(明治憲法)が発布され、太平洋戦争が終わり、日本国憲法(昭和憲法)が施行されるまで58年間、この憲法の規定の中ですべてが決定されてきた。
 一方、1947年制定された昭和憲法は、今年で65年になり、いわばチョンマゲから太平洋戦争までを生きた明治憲法の58年よりも長い生命を保ち、日本国の基本的な体制を規定し続けているが、65年の歳月の間には、我々がチョンマゲから太平洋戦争迄の58年の間に経験した以上の大きな変化が今起きていると考えるべきではないか。
 我々を取り巻く環境は、米ソ対立の時代から、多民族国家のせめぎ合う時代へと大きく変化している。
 日本の戦後の平和と発展は米ソ対立の中、アメリカの軍事的な傘の下で初めて実現できた、いま米ソ対立はなくなり、日本に対するアメリカの軍事的な傘の意味もまた大きく変わってきている。こうした中、日本が独立国として自らの国を守る国防の意味もまた変わらざるを得ない。
 昭和憲法は、民主主義を定着させ、戦後の経済発展を支えたと言う大きな功績があったが、基本的には米ソ対立の時代に生まれ、その時代を日本が生き抜いて行く為の憲法であった。
 一国の基本的あり方を規定する憲法は、社会の変化や国際情勢の変化に応じて当然変わって行くべきであり、社会や人の物の考え方も変わり、多民族国家のせめぎ合いと言う時代の波の中で、日本がたくましく生き抜いて行くためには、こうした時代にあった日本の新しい社会システムを規定する新しい憲法について、冷静で科学的な議論が待たれる所である。

平成24年

●防衛協会会報第120号 24.10.01 [日本人の愛国心] 近東 宏光(奈良県会長)
●防衛協会会報第119号 24.07.01 [自衛隊の良き理解者として] 青木 章泰(高知県会長)
●防衛協会会報第118号 24.04.01 [自衛隊と県民の架け橋として] 加藤 久雄(長野県会長)
●防衛協会会報第117号 24.01.01  [私と自衛隊との関わり 年初に思うこと] 清水 昭允(鳥取県会長)

近東宏光(奈良県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第120号(24.10.1)掲載
                    日本人の愛国心
                    
                    近東宏光(奈良県防衛協会会長)

 7月27日から8月12日の間、26競技302種目で争われたロンドン五輪で日本のメダル数は金7、銀14、銅17の計38個となり、総数では過去最多だった2004年のアテネ大会の37個を上回った。メダル総数トップの米国にははるか及ばないものの、前回の11位から6位へと順位を上げた。選手達はそれぞれ懸命にプレーし、国民に数々の感動を与えた。日の丸が揚がるたびに、つい涙腺が緩み、胸にこみ上げる感情を覚えるのは私だけではないだろう。大半の日本人が抱いたであろう、この素朴な感情は愛国心の表れの一つではないかと思う。
 一方、我が国を取り巻く国際情勢は、益々混迷を深めてきている。特に、韓国の李明博大統領の竹島上陸問題、天皇の訪韓に関しての侮辱的発言及び野田首相からの親書受取拒否、或いは、尖閣諸島への香港活動家による不法上陸問題などにより、日・中・韓の関係悪化が懸念されている。
 これらの問題に対する韓国、中国両国民の反応は、反日運動へと高まるほど、激情的で、派手で、かつ侮辱的でもある。これに対し、日本国においては、国民は相変わらずさほどの反応もなく、良く言えば冷静に振る舞っているようだ。
 国内に目を転じると、原発反対のデモに数十万人が参加している。確かに、東日本大震災での福島第一原発事故は、地元住民に甚大な被害をもたらすとともに、平穏な生活を奪ってしまった。私は原発は無いに越したことはないと思うが、現在の日本の経済活動を維持する為には、当分は必要であろう。原発反対のデモに参加するのも一種の愛国心の表れかもしれないが、日本の領土を侵されていることに対する怒りの行動を起こすことも愛国心の表れであり、国際社会に日本の立場をアピールする上で有益なことなのかもしれない。
 奈良県防衛協会は、日本の平和と安全を守るために、自らの国は自らの手でという民主的な愛国心を高揚し、自衛隊の健全な育成・発展に協力し、その使命の達成を容易にさせるため、有志相図り民主的な運営の下に、昭和38年11月に設立され、来年は設立50周年という節目の年になる。
 これからも県民に対する防衛思想の普及と愛国心の高揚の為に、微力ながら努力して参りたいと決意を新たにしている次第です。

青木章泰(高知県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第119号(24.7.1)掲載
                 自衛隊の良き理解者として
                    
                    青木章泰(高知県会長)

 「愛・希望・勇気 今を越えてその先へ」この言葉は昨年行われた自衛隊音楽祭りのテーマでした、今の日本に必要とされるものを的確に表現しており、非常に感銘を受けましたのでご紹介いたします。
 昨年3月の東日本大震災では多くの尊い命が失われるとともに、東北地方を中心に甚大な被害が発生しました、被災された皆様に心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。
 地震発生を受け我が高知県からは、第50普通科連隊と第14施設中隊から約470名の隊員が壊滅的な被害を受けた宮城県石巻市を中心とした地域に災害派遣されました。隊員が危険を省みず懸命に復興支援活動に従事する真摯な姿は、多くの被災者に勇気と希望を与えるとともに、日本国民に大いなる感動と自衛隊の存在意義を深く認識させる事となりました。
 我が高知県は、近い将来必ずや起こると言われている南海地震の脅威があります。地震発生の際には、激しい揺れと大津波が襲って来る事が予想されます。 自衛隊においては既に地震発生を想定し、県内各自治体・関係機関と連携した訓練が行われており、大変頼もしく感じております。
 また、我が国周辺の安全保障環境に目を向けますと、北朝鮮が人工衛星打ち上げと主張している弾道ミサイル発射実験(地球の軌道を回らないものは人工衛星とは言わない)や核開発問題、中国との尖閣諸島領有権問題など、依然として不安定要因が存在し、その動向に細心の注意を払う必要があると認識しております。
 自衛隊は、皆様ご承知のとおり、我が国に対する直接侵略及び間接侵略はもとより、我が国の平和と安全に重大な影響を及ぼす脅威から国を防衛し、また、国際平和協力活動や大規模地震、風水害、山火事、原子力災害など多様な災害派遣任務に対し、まさに「事に臨んでは我が身の危険を顧みず、身を挺して責務を完遂」するべく取り組んでおります。
 私ども防衛協会は、このような厳しい任務に従事する自衛隊の良き理解者として、これからも各種事業を推進すると共に、広い視野と見識をもって、今後もより一層の防衛思想の普及と高揚に努める必要があると考えます。

加藤 久雄(長野県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第118号(24.4.1)掲載
                自衛隊と県民の懸け橋として
                    
                    加藤 久雄(長野県会長)

 東日本大震災が発生し、1年余りが経過しようとしています。今もなお、テレビから映し出された、巨大津波に襲われ瓦礫の荒野と化した沿岸部の街並みや福島第一原発の爆発の映像が脳裏から離れることはありません。
 このような国家の一大危機に、自衛隊は持ち前の組織力を遺憾なく発揮し、最大時には10万人を超える体制で、人命救助や災害復旧支援などを行ってきました。
 なかでも、放射能漏れが起きている福島第一原発での作業や原発付近での行方不明者の捜索等、自らの命を顧みない自衛隊の災害支援作業の映像が流れる度に、国民は勇気づけられ、忘れかけていた日本人本来の感謝と慈愛に満ちた精神を思い出したものと存じます。
 長野県からも、陸上自衛隊松本駐屯部隊の隊員が、被災地で過酷な任務に従事してきました。私は、県民をあげて被災地で激務に耐えた隊員に感謝を申しあげたいと、私が会長を務める長野県商工会議所連合会が発起人ととなり、他の経済団体、農協、連合、自衛隊協力団体に呼びかけ、8月29日に「陸上自衛隊松本駐屯部隊東日本大震災県民感謝の集い」を開催しました。
 「集い」には、公務ご多忙の中、阿部守一長野県知事にもお越しいただき、会場となった松本駐屯地の体育館を埋め尽くした県民と一緒になり、自衛隊の活躍にねぎらいと感謝の言葉を申し上げました。
 松本駐屯部隊からは、感謝の集いの開催に、「大変ありがたく光栄」と御礼の言葉をいただきました。
 今回の「集い」の開催は、自衛隊と県民との架け橋として設立された防衛協会の原点ともいえる事業となったものと確信をしております。  さて、自衛隊については、震災での活躍もあり災害普及支援だけがクローズアップされていますが、自衛隊の本来の目的は、他国の脅威から日本の安全を守る国防であることは明らかです。
 特に、我が国を取巻く安全保障環境は、金正日亡き後の北朝鮮の動向、急激な経済成長を背景とした中国軍の軍事力強化、更にはロシア軍による新型装備の開発・導入に向けた動きが顕著になる等、依然として緊迫した状況が続いております。
 また、ソマリア沖での海賊問題、南スーダンでのPKO活動等、我が国並びに国際社会の安定のため、自衛隊による平和維持活動が益々重要になってきています。  防衛協会としても、自衛隊には、引き続き日本の国家安定のため、国民一人ひとりが、平和の恩恵を享受できるよう、防衛面での強化を図っていただくことを、切に願っております。

清水 昭允(鳥取県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第117号(24.1.1)掲載
              私と自衛隊の関わり 年初に思うこと
                    
                    清水 昭允(鳥取県会長)

 私の人生75年間は人との出会いから始まり、学生の時、又は社会人となってから良き先輩、又は師匠に恵まれ現在があることに感謝している。
 戦争が終わり疎開して帰った中学校でバレー部に入り、県で優勝した原動力は指導者の中川の「おっちゃん」であった。次の高校では水泳部に入り上達のコツを覚えた。先生は個人個人のタイムを覚えて居られて、少しでも悪いと柄タワシでコツンとやって、「もう一回」と言われる。一生懸命となってタイムが上がった。物事、意気込みがあがって上達するものである。
 社会に出てから、お袋が我流で詩吟をやってくれて、私も先生を見つけて門をくぐった。今、52年目になって上席師範であり、いろいろな場面で役にたっている。
 自衛隊との関わりは、昭和45年頃JC活動をやっていた時だった。私は人に誘われて良いと思う会へは積極的に入ることとしており、「企業開発クラブ」という異業種交流のサークルで先輩ばかりの会であったが、その会で知り合いになった細田さんから自衛隊の協力会に入れと声がかかり入会した。
 それは、予備自衛官制度があって、自衛官が民間企業へ就職準備をする会だった。鳥取には陸士卒の方が二人居られ、今井さんと細田さんで設立する手伝いをして始まった。昭和58年に「鳥取県自衛隊退職者雇用協議会」が発足した。少し長いが分かり易い。高卒で自衛隊に入り、3〜4年訓練を受けて予備自衛官として社会に出る就職の受け皿である。
 そして歳月が巡って、平成4年PKO活動でカンボジア派遣等が有り、大隊長の話を聞いた。イラク派遣があった時には「ヒゲの隊長」の話を聞いた中で、中四国ブロック自衛隊協力団体長会議が有る事も分かり、9年ごとに廻ってくるのでこれまで3回体験したこととなる。
 初めは使い走りだったが段々役目が重くなり、今年の5月に開催する協力団体長会議の準備を防衛協会会長という立場で今準備を進めている。 自衛隊の役割は非常に様々であるが、昨年の東日本大震災・福島原発事故をはじめ台風12号、15号などの激甚災害を教訓として、多くの国民は、自衛隊の存在感・価値観を改めて認識したところである。 中四国ブロック大会においては、これら災害時における自衛隊の活躍ぶりをPRするとともに、安全保障を考え、自衛隊の処遇改善等々議題として提出し、中四国の自衛隊協力団体長の賛同を得て、働きかけをしたいと願っている。

平成23年

●防衛協会会報第116号 23.10.01 [広島と自衛隊の縁] 深山 英樹(広島県会長)
●防衛協会会報第115号 23.07.01 [苦しい時の友こそ真の友]  國場 幸一(沖縄県会長)
          [今こそ会員増強を] 近藤 宏章(徳島県会長)
●防衛協会会報第114号 23.04.01 [日本国民であることの矜持] 北川 聡一(兵庫県副会長)
●防衛協会会報第113号 23.01.01 [自衛隊を好きな人はいい人です] 竹林 武一(三重県会長)

深山 英樹(広島県会長)

                                 防衛協会会報第116号(23.10.1)掲載
                   広島と自衛隊の縁
                    
                    深山 英樹(広島県防衛協会会長)

 かつて、旧陸・海軍の司令部や鎮守府を擁し軍都として発展した広島は、現在も自衛隊とのつながりが深い地域です。  
 まず、広島市に隣接する海田町には、陸上自衛隊第13旅団の司令部が置かれています。第13旅団は平成11年に陸上自衛隊初の旅団として誕生し、第13師団の伝統を受け継ぎつつ、中国地方5県の防衛警備や災害派遣、民生協力に当たられています。
 3月に発生した東日本大震災に際しては、福島県に最大人員約1,500名、車両400両、ヘリコプター3機を派遣され、「福島の光明作戦」が展開されました。給水・入浴支援や瓦礫の撤去、さらには福島第1原子力発電所から半径20km圏内での行方不明者の捜索活動や放射線量の測定など、非常に困難な状況の中で、約3ヶ月間にわたる復旧・復興活動を進められました。
 一方、帝国海軍の鎮守府時代からの歴史が息づく呉市には、海上自衛隊呉地方隊の司令部、呉地方総監部があります。明治22年の呉鎮守府開庁以来、帝国海軍の主要基地となり、昭和20年の終戦、海軍省の廃止により鎮守府は閉庁しますが、昭和29年の海上自衛隊創設と同時に呉地方隊が新編され、1都1府12県に及ぶ広大な陸・海域の防衛警備に従事されています。
 東日本大震災においては、艦艇約20隻、航空機約10機、隊員約2,200名の災害派遣部隊を派遣され、捜索・救助活動や救援物資の輸送などの支援活動を展開されました。国外においても、ソマリア沖・アデン湾での海賊対処活動に向けて、呉から多くの艦艇が出港し、任務に当たっています。
 わが国周辺では、国際的なテロ活動への懸念や北朝鮮による拉致問題・核開発など安全保障上の課題が多数存在しています。また、大規模災害時における自衛隊の支援活動には、国民からますます大きな期待が寄せられています。
 我々といたしましても、自衛隊との縁を大切にし、地域住民や企業に対しまして、今後とも自衛隊の重要性の認識と国土防衛意識の高揚を図る努力を重ねて参りたいと考えております。

國場 幸一(沖縄県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第115号(1)(23.7.1)掲載
                 苦しい時の友こそ真の友
                    
                    國場 幸一(沖縄県会長)

 このたびの東日本大震災において被害に遭われた被災者の方々に心よりお見舞い申し上げますとともに、1日も早い平穏と復興を心よりお祈り申し上げます。
 それにしても救援活動に駆けつけた10万人以上の自衛隊員の統制の取れた迅速かつ献身的な活動にはただただ頭の下がる思いがするばかりで、日頃の厳しい訓練の積み上げと透徹した高い使命感を感じざるを得ませんでした。
 国難ともいうべき今回の大震災において自衛隊の行っている救援活動を通じて国民が自衛隊の存在をこれほど身近で頼れる存在として自覚したことは恐らくなかったのではないでしょうか。 一方米国もまた多くの大震災支援国の中で最大のピーク時約2万名の兵士、空母を含む艦艇、航空機を被災地へ派遣し、約1ヶ月に及ぶ史上最大ともいうべき日米共同による様々な救援活動「ともだち作戦」を行って同盟国としての役割を果たしてくれました。
 そして沖縄に駐留する米軍も在日米軍の一翼を担って、海兵隊を中心に5千名以上の米軍兵士が日本国民救援のためにこの作戦に参加しました。  沖縄は今日多くの米軍基地を抱え、安全保障上或いは一般社会生活上においても米国との関係をより身近に感じるところですが、日米安全保障条約に基づく米軍基地の存在は冷戦時代を通じ長きにわたって日本の平和と東アジアの安定を守る役割を果たしてきました。
 今回は普天間基地を含むこうした米軍基地が大震災における米軍の支援基盤となって大部隊の救援活動を可能にさせた事を考えると、米軍基地の果たす役割について今一度検証する必要があるように感じ ます。 基地移設問題や米軍人等による事件・事故の発生等沖縄における米軍は日頃から何かと厄介者として取り扱われがちですが、南シナ海に展開中にも拘わらず長駆被災地への救援に「いの一番」に駆けつけてくれた同盟国の友に対して私たちは素直に感謝の念を申し述べるべきではないかと思います。
 このたびの大震災において、国民の多くが「いざ」というとき日本を守れるのが自衛隊であることを、また助けてくれる友が誰なのかをよく認識できたはずであり、米軍はまさに”苦しい時の友こそ真の友(A friend in need is a friend indeed.)を実践し同盟の一つのあり方を身をもって示してくれたように思います。

近東 宏章(徳島県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第115号(2)(23.7.1)掲載
                   今こそ会員増強を
                    
                    近東 宏章(徳島県防衛協会会長)

 東日本大震災における自衛隊の救援活動は日頃から自衛隊を応援している立場として非常に誇らしいものであった。未曾有の大災害に対して、10万人体制で救援活動を展開し、捜索活動及び生活支援に取り組む姿は力強さの中にも被災者のニーズに合わせたきめ細やかな心遣いがあり、多くの国民に感動を与えたのではないだろうか。
 震災から数ヶ月余を経たが、震災の日の光景は未だ脳裏に焼き付いている。何気ない日常風景が津波に飲み込まれていく様は、古来より何度も南海地震による津波被害を受けてきた徳島に居住する者にとっては決して他人事ではない光景である。周知のとおり、近い将来に東南海・南海地震の発生が予想されている。いつか我が郷土が津波によって甚大な被害を受けるのではないかという不安は増すばかりである。そのような不安を払拭してくれるのは自衛隊しかないと確信している。平成24年3月に徳島県阿南市に陸上自衛隊の駐屯地の開設が予定されている。徳島で陸上自衛隊の駐屯地ができることは初めてのことであり、県民にとっては待望の駐屯地開設である。しかも災害派遣で大いに力を発揮してくれる施設部隊が移駐することは非常に心強いことである。今後も防衛協会の会員増強を推進し、新駐屯地が円滑に徳島に根付いていくよう、積極的に協力していく所存である。また、全国的な視野においても震災により、防災への意識が高まった今こそ、会員増強を推進し、自衛隊への協力基盤の育成に努める時ではないだろうか。
 国際情勢においても、多くの不安が依然として残っている。北朝鮮による拉致問題はいまだ未解決のままである。また、軍事力拡大を続ける中国に対して、多くの国民は不安を感じている。このような時代だからこそ国民の自衛隊への期待も増しているのだろう。自衛隊がこの期待に応えられるよう、防衛協会は支えとしての役割を担わなければならない。
 最後になったが、災害派遣活動で大活躍された隊員及びその隊員を後方で力強く支えてこられた隊員の方々に、心からの感謝と敬意を表して擱筆とさせていただきたい。

北川 聡一(兵庫県防衛協会副会長)

                                 防衛協会会報第114号(23.4.1)掲載
                日本国民であることの矜持
                    
                    北川 聡一(兵庫県副会長)

 昨年、日本が最も沸き立ったできごとの一つに小惑星探査機「はやぶさ」の帰還がある。7年間の長期に亘る飛行に耐え、次々と発生したさまざまな困難に打ち勝ち、約60億キロの距離を踏破して、世界で初めて月以外の天体の物質を持ち帰ったのである。
 日本の科学技術の高さや工業製品の信頼性に加え、プロジェクトを支えた人々の粘り強さや団結力、更にはプロジェクトリーダーの強い意志に多くの日本人が感激すると共に、日本国民であることに誇りを感じたのではないだろうか。
 その対極として大きな失望を呼び起こしたのは、尖閣諸島付近における海上保安庁の巡視船と中国漁船との衝突事件であり、その後に引き続いた映像流出などの一連の騒動が話を更に複雑にした。
 これはある面では日本人の目を覚まさせた事件とも言えるが、やはり対処にあたっての外交上の拙さが際立ったというのが大方の評価であり、その経過は耐え難いものであった。
 また、この事件と並行して中国国内で日本企業の社員が不可解な拘束を受けるという外交問題が起こったが、そのタイミングといい、決着の仕方といい、誠に後味の悪いものであった。
 この二つの出来事から感じるのは、国家の繁栄をドライブするのは、科学技術に裏打ちされた経済活動であり、また国家存立の前提として安全が保障されていなければ、安心して経済活動はできないということである。安全保障と経済活動の両輪が揃ってこそ、日本国民としての矜持は保持されると考える次第である。 ところが、この安全保障への危惧を感じさせるような事象が最近頻発している。領海侵犯を始め、朝鮮半島情勢の緊迫や北方領土問題など枚挙にいとまがない。
 しかし、ここで大事なのは日本国民を代表し、矜持を持って正当な主張ができるリーダーシップの存在である。  しかるに領土問題を例にとっても、古文書の記述を諸外国が理解してくれるであろうという、いわば他力本願的な内向きの説明が幅を利かせている。
 そのような論理を振り回した時点で、外国との論争に負けているといわざるを得ない。やはり、現在進もうとしている進路を諸外国に向けてアピールできるリーダーシップが安全保障の維持に求められるのであり、経済活動と国民の安全保障に対する意識がリーダーシップを支えているのである。  
 防衛協会としても日頃の活動を通じて、安全保障に対する意識の向上を図り、その結果として日本国民の矜持が醸成されていくことを望んでいる。

竹林 武一(三重県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第113号(23.1.1)掲載
               自衛隊を好きな人はいい人です
                    
                    竹林 武一(三重県会長)

 三重県防衛協会連合会会長に就任して3年になります、その間世間ではいろんな動きがありました。
 特に今、大きな時代の転換期にあると思います、その中にあって日本をとりまく安全保障環境としては北朝鮮の核や弾道ミサイルの問題、周辺国の軍備増強、尖閣諸島領土問題、海上保安庁の巡視船と中国漁船の衝突問題、普天間基地移転問題等があります。
 そのような私の手におえない大きな問題を「意識の問題」と捉え県防衛協会会長として、「防衛意識の高揚」、「防衛基盤の育成強化」、「自衛隊の活動支援」を目的とする当会の活動に、私は県民をあげての協力を期待するとともに、微力ではありますが尽力したいと思っているところです。
 兼ねて「自衛隊協力会三重地本友の会」の会長をお引受けして14年、自衛隊の新しい力としての新隊員の募集に関し、大きな力を発揮していると自負しています。
 三重県内には陸上自衛隊久居駐屯地をはじめ航空自衛隊白山分屯基地、航空自衛隊笠取山分屯基地、陸上自衛隊明野駐屯地を有し、周年記念事業、見学会、各種大会等数多くのお誘いを受け隊員のキビキビとした凛々しい行動を目のあたりにして頼もしいと思うとともに、我れ人生意気に感じています。
 本文の表題としました「自衛隊を好きな人はいい人です」という言葉は、県内の自衛隊入隊予定者激励会において3年前に発して以来、いつも言っている言葉です。
 この言葉は、これに終わるのではなく「自衛隊を好きな人はいい人です 自衛隊を嫌いな人は悪い人です」と言っているのです。この言葉のひびきが入隊予定者の心を拓き、自信を覚え多くの人に励まされていることに気付くのではないでしょうか。
 父兄、家族、友人に自分が選んだ道を誇りに持って伝えてくれるのではないだろうかと私はそう思っています、入隊予定者激励会のみならず自衛隊成人式、入隊式、新年会、友の会総会等でも話しています、「あの言葉は最高です」とか「自衛隊内外ともに背筋がピンとします」とか「三重県防衛協会連合会はじめ自衛隊協力会、団体のテーマソングですね」と言っていただく人もあります、本当にそうなのだろうかと耳を疑っています、しかし私は喜んでいます、そのような言葉を聞くたびに何も知らない私が県防衛協会会長を引受けましたことは本当に良かったと思う今日このごろです。
 自衛隊は「日本の防衛」「災害復旧支援」「国際貢献」という大きなミッション(使命)があり、これが実行されることで我々国民が安全と安心が確保されているのだと思います、今それが忘れられているのではないでしょうか。  今後さらに国民の安全保障に対する意識が高まり各協会、団体が活発に活動されることを期待します、おわりに各協会、会員各位のご多幸を祈念し終りとさせていただきます。  我れ人生意気に感ず

平成22年

●防衛協会会報第112号 22.10.01 [防衛論議をもっと活発に] 河本 英典(滋賀県防衛協会会長)
●防衛協会会報第111号 22.07.01 [理想と現実とのはざまに立って] 瀬谷 俊雄(福島県会長)
●防衛協会会報第110号 22.04.01 [日本の未来を想う] 佐々木謙二(神奈川県会長)
●防衛協会会報第109号 22.01.01 [多様化する”戦闘形態”の認識を!!] 安藤 昭三(大分県前会長)

河本 英典(滋賀県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第112号(22.10.1)掲載
                 防衛論議をもっと活発に
                    
                    河本 英典(滋賀県防衛協会会長)

 昨年の総選挙で政権交代が実現し正に戦後政治の終焉を感じ、大きな時代の転換点だと期待と不安を膨らませたところである。防衛問題も過去のタブーとしてきた歴史的経緯の呪縛から抜け出し、将来を見据えた国民的論議を活発に行うべき時にきたのではないだろうか。
 それにしても沖縄の普天間基地問題の取り扱いでへまをして総理大臣を辞した鳩山さんの迷走ぶりには呆れた。この時不思議に思ったことは、マス・メディアによる報道内容のことである。この時の米軍基地問題は沖縄県の問題であることと同時に、国家全体の安全保障、国土防衛に関する重大な問題なのである。経済を含めた日米同盟、国家の大方針である日米機軸に関する大問題なのである。しかしながら、こうした本質的、根源的視点を置き去りにして、沖縄県の反対運動ばかりを報道し、一地域の民意(本当は一部の民意)とマニフェストにこだわり続けた総理の迷走ぶりをただただ面白おかしく報道するだけであった。本来の論議をタブーとして封じ込め、過去に沖縄基地問題、安全保障問題の本質的論議を避けてきたマス・メディアの姿勢がよく表われ、奇異に感じたのは私だけではなかったはずである。
 憲法9条の解釈で自衛隊は憲法違反かどうか。戦力とは何をさすのか。はっきりしないまま、意見の対立したまま放置されてきた。非核三原則の問題もアメリカの核の傘の下にいながら核を排除するという矛盾についても論議されていない。核アレルギーについても同様である。核アレルギーは一種の病的症状であるが、病的症状は正常ではないのだから正さなければならないはずだが、わが国の現状では核アレルギーは正常な感覚であるかのごとく認められ、核アレルギーを反省するような論議は避けてきた。
 影響力の広いマス・メディアはほとんど同じように防衛の重要性を説くことをせず「住民の利益」や「公害被害者」に同情することで通してきた。そのことが平和に寄与し正義を尊重するのだと信じているのである。本当に大切な問題をタブーとして避けてきたのがここに至る現在の日本社会の曖昧さであると 思う。
 今後こうした防衛問題の論議をもっと高める役割を防衛協会は担わなければならないのではないかと最近特に思うようになってきた。時代に応じた行動が求められるいまこそ応援団としての防衛協会の役割は重要だといえるのではなかろうか。

瀬谷 俊雄(福島県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第111号(22.7.1)掲載
               理想と現実とのはざまに立って
                    
                    瀬谷 俊雄(福島県会長)

 本稿を記すにあたり、改めて日本国憲法を再読、そして三思。その上で筆を執った。
 まず憲法の前文であるが、これ自体は、いわば究極の理想主義を網羅したものと断じてよい。特に抵抗を覚えるのは「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」との一節である。
 さて翻って現実の世界をみると、覇権国家、あるいはテロ国家、はては国家と稱しがたいならず者国家が犇めいているではないか。
 信義・誠実の一片のかけらもない。これみよがしの厖大な軍事力の誇示もあれば、核兵器開発への動きをブラフに使う国もある。ソマリア如きは海賊国家ではないか。 正に百鬼夜行であり、自国の権益、あるいは宗教国家においては、自派の信条のみが唯一正義とも思わる如き国々が存在する。
 この事実を平和主義者(PACIFIST)はどう考えるのであろうか。 とすれば我が国の憲法前文が、いかに現実から遊離した空想的な理念であるか(敢えて云えば漫画的、児戯に類する)、自明の事ではないか。 理想は所詮理想であって永久に達成された例がない。
 より具体的に申せば、万一我国が武力侵攻を受けた時、どの国が自国民の血を流してまで日本を守ってくれるのだろうか。
 「公正と信義」左様な抽象論で第三国が日本のために武力行使に踏みきるであろうか? 国際社会の基本的な行動原理は国益であり、更に云えばPOWERである。  
 さて我が国の眞に憂ふるべきことは、財政危機を指すのではない。いつまでも現実から目をそらし、一時期はECONOMIC ANIMALと揶揄され、スランプとなると右往左往、日本人としてのIDENTITYを見失った国民の姿こそ恐るべき事柄ではあるまいか。 この国のかたちをどう再構成するかの「志」の欠如ではないか。 海外派兵についても、国内の防衛についても、使用する武器を限定する?機関砲はよいが、ミサイルは駄目とは笑止のいたりではあるまいか。 「非核」のテーゼはよいとしても、所謂、通常兵力は国力に相応せる軍備をととのえるべきではないか?
 そして平和ボケした国民に、これらの背景を十分認識させ、改めて自衛隊を軍隊として憲法上に明記、国軍の志気を高揚させるべきではないか。 現実と遊離した現憲法を現実に即し、改正することに与論を喚起すべきであろう。

佐々木 謙二(神奈川県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第110号(22.4.1)掲載
                   日本の未来を想う 
                    
                    佐々木 謙二(神奈川県会長)

 今年の2月11日に横浜市内で「神奈川自衛隊音楽まつり2010」が開催されました。4月に入隊・入校する予定の県内若人の激励会と合わせて世界の平和と安全に貢献する自衛隊をご理解いただく場としての祭典で、私も主催者である自衛隊神奈川地方協力本部支援団体協議会の代表として出席しました。
 海上自衛隊横須賀音楽隊、少年工科学校ドリル部、防衛大学校応援団リーダー部、武山自衛太鼓のほか、横浜市消防音楽隊ポートエンジェルス119、在日米陸軍軍楽隊のご出演もいただき大盛況の中に閉会となりました。
 プログラムの第1部で全員起立の上紹介された、入隊・入校する予定の県内若人とそのご家族の晴れやかで誇らしげな顔、同若人代表による力強い謝辞、第2部での音楽隊等のきびきびした動きと見事な演奏・演技に、満場の皆様は大喝采でした。
 二年前のリーマンショック以降、景気低迷からなかなか抜け出せず何かと暗い話題が多い我国ですが、そうした若人、自衛官を拝見して、我国でも多くの人達が、国を支え・守り、次の世代をきちんと育てていこうとしている姿に大きな感銘を受け、将来に確たる安心と明るい展望を感じた次第です。
 ところで、神奈川県には旧海軍の横須賀鎮守府が置かれ軍港として発展した横須賀港があり、現在も海上自衛隊横須賀地方総監部が置かれるなど、海上自衛隊とは因縁浅からぬものがあります。
 昨年12月には、自衛隊神奈川地方協力本部長に着任された1等海佐の表敬訪問を受けましたが、同氏は第一次ソマリア沖海賊対処部隊の司令として、昨年3月から8月までアラビア海に派遣され、アデン湾を航行する船舶を警護する任務を果たされた方です。お話を伺うと、派遣された当初は未だ海賊対処法も成立しておらず、警備、護衛活動には色々な制約もあったけれど、その中で、どのような事態に直面しても対応できるように訓練だけは徹底的に実施したとのことで、幸いにも5ヶ月間の警備活動の期間中、1発の銃弾を撃つこともなく、数百隻の船舶を護衛航行できたとのことでした。
 私は、そうした方たちに、派手で見栄えばかり追求する風潮とは無縁な、鍛えられ育った人間の一つの典型を見たような気がしました。
 また、昨年4月から9月まで横浜港周辺で横浜開港150周年記念イベント「開国博Y150」を開催しましたが、期間中、自衛隊には大変なご協力をいただきました。航空自衛隊のブルーインパルスの展示飛行、大桟橋に接岸した砕氷艦「しらせ」とイージス艦「きりしま」の展示公開、防災訓練の一環としてヘリコプター搭載新型護衛艦「ひゅうが」の公開等です。いずれも大好評で、見学者も多数来場されました。担当自衛官の日ごろの訓練振りが垣間見える、優しいながらも折り目正しい応対に、国民とともにある自衛隊を実感しました。  
 以上、私が自衛隊の皆さんに様々な場面で接して感じたままを書かせていただきました。私ども民間会社でも「組織は人なり」で社員研修等により人材育成に力を入れておりますが、厳しい状況下、組織力で行動する自衛隊は、教育訓練の成果が場合によっては生死に関わってくるだけにそれがさらに徹底されるのだと思います。いずれにしましても、中国を始めとしたアジア諸国の発展・台頭と比較して安定期に入ったかのように見える我国ですが、将来を担う人材が着実に育ちつつあること、また真面目に職務に取り組む多くの人達が国内外で危険を顧みず活動していることを知るにつけ、この国の未来に大きな希望と可能性を感じるものです。
(神奈川県商工会議所連合会会頭)

安藤 昭三(大分県防衛協会前会長)

                                 防衛協会会報第109号(22.1.1)掲載
               多様化する”戦闘形態”の認識を!!
                    
                    安藤 昭三(大分県前会長)
  
 かねて注目された衆議院議員選挙は民主党の圧勝となり、1955年以来実質的には、初めてと言える政権交代が実現した。鳩山民主党政府となり、すでに種々の新政策が提示されつつあるが、一般的な国内政策、農業政策、中小企業対策、医療、年金労働政策等々については、政党の色合いによって政策の重点の置きどころが変る事は、いわば政権交代に伴う必然の事であるとも思われる。
 しかし、こと外交政策及び安全保障政策については、日本と諸外国との利害に重大な影響を与えるものであり、いやしくも、党利党略によって左右されるべきでないのは言うまでもない事であろう。特に、日米の安保関係が我が国の存立と安全にかかる基本的重要性を持つことは論を俟たないところであり、政権交代の有無に拘らず、これが堅持は必須の事柄である。  
 幸い新内閣も基本的には良好な日米関係の維持を最重要の事と言明しているので、是非これの維持発展に努めて貰いたい。一部の人気取りや雑音に惑わされて信を内外に失う事のないよう切に希望したい。
 さて、しかしながら内外の情勢はオバマ大統領にとっても、鳩山新首相にとっても、かなり難問累積といった感がある。2001年の9・11同時多発テロによって21世紀の国際紛争が、従来の軍事思想や軍事技術では対処し切れないものがある事が示され、その後のイラク、またアフガニスタン情勢の展開をみても、一朝一夕で簡単に終息する様子でない事も見て取れる。嘗ては強大な機械化軍団と航空兵力、ミサイルをもって沈静させた相手は、ゲリラ、テロ等の手段をもって抗戦し容易に沈静化しない。  
 21世紀の国際紛争は戦闘の形態が一層多様化し、いわゆるRMAと非対称型の戦いの様相を現出してきた。我が国も国際的連帯の上に紛争の確実な安定化を図るよう、従来の枠と観念を超えた努力と準備をしなければならない。防衛省の方々をはじめ、防衛に関係する人々の一段の認識の深まりと実践的努力を祈ってやまない。

平成21年

●防衛協会会報第108号 21.10.10 [防衛をめぐる思い] 川田 達男(福井県会長)
●防衛協会会報第107号 21.07.01 [深化するアジアと九州・福岡] 河部 浩幸(福岡県会長)
●防衛協会会報第106号 21.04.01 [一人ひとりが「国防」の認識を] 幡谷 祐一(茨城県会長)
●防衛協会会報第105号 21.01.01 [海軍の3人の大将] 大田 哲也(広島県会長)

川田 達男(福井県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第108号(21.10.1)掲載
                   防衛をめぐる思い
                    
                    川田 達男(福井県会長)

 今年の秋からNHKスペシャルドラマで「坂の上の雲」が放映される。伊予松山に生まれた三人、正岡子規と秋山好古、秋山真之兄弟を軸に日清、日露戦争を舞台にした壮大な物語である。放映は第一部、第二部、第三部と分けて、3年にわたっての大掛かりなものになるという。書店に並んでいる文春文庫の価格は求めやすいものの、全8巻、総ページ数は3000ページを超える長編だ。  
 この司馬遼太郎の代表作とも言える作品を、私は今読み返している。経済人としての私にとって、経営のヒントとなる記述が随所にあるからだが、理由はそれだけでない。
 昨年、防衛大学校校長の五百期頭真氏をお招きし、お話をお聞きする機会があった。その時、氏は「私は防衛大学校の7月、8月の訓練と夏休みの間2ヶ月で学生達に『坂の上の雲』全巻を読み上げる様に薦めている。そして、読んでいるうちに面白くなって最後まで夢中で読んだということになれば、君たちの知的キャパは一生大丈夫だ。幹部自衛官としての知的キャパの計り方は色々あるが、長い大きな構成を持った本を夢中になって読んだということ、その一つをもって君たちの知的キャパは大丈夫だと彼らに言っている。思考力と全体的な判断をどうするかという場合には、大きな本を読みきるという能力に非常に関連が深い」と語っておられた。
 私は防衛問題には素人であるが、防衛にはこの思考力と全体的な判断力が大切ではないかと考えている。たとえば、防衛といえば軍備を連想するが、軍備は実際に行使する目的で持つと短絡的に考えることは適切ではない。軍備の目的は外交の場面で相手から見くびられないようにするため、言い換えるとそれを実際に使わずに済むようにする抑止力として保有するものだと認識されているからだ。つまり、軍備を背景とした思考力と全体的な判断力が求められることになる。
 さて、最近の日本を見ていると、全体的に内向きになっているような気がしてならない。昨年来の100年に一度といわれる不況のせいか、国民も内向きの話題を好むようだ。身近な問題に関心を持つことがいけないといっているのではない。人間として当然のことだとは思うが、ただ、そういうことが許されるのは日本の防衛、安全保障、外交が我々の目に見えないところで機能している証左だということに思いをめぐらす必要はあろう。
 今我々に必要なのは「私を思う心」ではなく「国を思う心」といっていいかもしれない。「坂の上の雲」には日本が世界にデビューする頃の日本人の国を思う心が存分に溢れている。
 国を思う心は国内だけに関心を示していたのでは生まれてこない。なぜなら、世界のパワーバランスの中でわが国を位置づけ、その中でわが国のあり方を求め続ける努力が不可欠だからだ。直接、間接を問わず防衛(を因果とす)に関わる問題は複雑だが、私たちは思考力と全体的な判断力を常に涵養し、その都度その都度の最適解を見出すために努力していく他に道はないのではないかと考えている。
(福井県商工会議所連合会会頭 )

河部 浩幸(福岡県自衛隊協力会連絡協議会会長)

                                 防衛協会会報第107号(21.7.1)掲載
                 深化するアジアと九州・福岡 
                    
                    河部 浩幸(福岡県会長)

 九州・福岡は、古くからアジアとの交流が盛んに行われていた。私が住む福岡市は、東京から約1,000km離れているが、一方で、韓国の釜山までが約200km、ソウルが約600km、中国の上海が約1,000kmと、日本の中では東アジアの主要都市と近い距離にある。こうした地理的な近接性もあって、近年では、成長著しいアジアと九州・福岡とのつながりが経済面でも強くなってきている。
 残念ながら、直近の日本経済は、昨年からの世界的な金融危機の影響を受けて、100年に一度といわれる急激な景気後退に見舞われている。政府も景気対策を打ち出すなど懸命だが、九州・福岡の景気も厳しい状況が続いている。
 私は、福岡商工会議所の会頭として、また九州、福岡県の商工会議所連合会の会長として、各地の厳しい状況に直面することがよくあるが、とりわけ地域経済を支える中小企業の方々の多くが日々の経営に苦労されている。
 商工会議所では、こうした中小企業向けの金融・税制などの支援策とともに、地域経済の活性化策などの要望活動を行うことが増えているが、こうした要望の中には、空港や港湾、鉄道、道路といった交通インフラ整備の促進が含まれている。
 背景には、冒頭にも書いたように、成長著しいアジア市場を睨んだビジネスや観光の促進を起爆剤に地域経済を活発化させようという思いがある。
 2011年春には、九州新幹線鹿児島ルートが全線開通し、博多〜鹿児島中央間が1時間20分で結ばれるようになる。
 これを契機に、九州地域の一体的な発展と九州域内外の産業経済、文化、観光など多岐にわたる交流が更に増大することを期待している。
 九州・福岡の成長には、アジアとの共栄が欠かせない。幸い、アジアの国々も九州・福岡に注目している。
 今年に入り、韓国の李明博大統領やベトナムのノン・ドゥック・マイン共産党書記長などとお会いする機会があったが、ともに九州・福岡との経済交流の促進を期待しており、両者が交流を深化させていくための取り組みを連携して行っていく環境は整っている。あとは、我われがその労を惜しんではならないと思う。
 最後に、近年の日本を取り巻く国内外の情勢は、テロや自然災害など様々な脅威に直面している。4月には北朝鮮がミサイルを発射したが、九州は朝鮮半島に近く、わが国防衛の重要な拠点となっている。
 また、台風などの自然災害も多い地域だが、こうした中、人命救助や物資の輸送など、自衛隊の勇敢で迅速な対応は、非常に心強く感じている。
 私ども福岡県自衛隊協力会連絡協議会では、こうした自衛隊の地域に大きく貢献している活動をPRし、より多くの企業、住民の方々の理解を深める努力をしていきたいと思う。
(福岡県商工会議所連合会会長)

幡谷 祐一(茨城県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第106号(21.4.1)掲載
                一人ひとりが「国防」の認識を
                    
                    幡谷 祐一(茨城県会長)

 最近の報道では、ソマリア沖の海賊に対し日本も本気になったとのことで、海上自衛隊が現地に派遣されるという記事が紙上を賑わしました。銃器の使用制限も緩めたようで、まずは良い方向に向かっていると感じています。
 但し、自衛艦に海上保安庁の職員が乗り込むようです。これは司法権があるとのことですが、自衛隊員にも同様の権限を与えれば、このような二元的な、小手先の対応をすることもないと思います。多くの有識者がこの矛盾について判っている筈なのですが、積極的に発言しないことに強い失望を感じています。
 本音を言えないのが日本の実情ですが、国の靖らかなることを願い、国益を守り、国民に安心感を与えることが政治の要諦だと思います。然るにわずか20文字足らずの憲法の条文によって専守防衛も出来ない状態です。敵を射撃するにもいちいち総理大臣の許可を取ってからでないとできないなど、全くお笑い種です。
 日本は世界の五指に入る戦力を持っており、自衛隊員の皆さんの士気も高いと言われておりますが、残念ながらこれを十分に発揮できる状況にないと言えます。
 今の時代は戦争の形態は大きく変わり、いざ戦となれば前線も国内も安心してはおれません。政治家も国を憂えることに本気になってくれることを望んでおります。
 戦後、憲法改正をした国は世界中に及んでおります。記録によると米国は13回、西ドイツは43回とも言われております。千年も万年も今の憲法を守っていくという人達の顔が見たいものです。
 護憲もよいけれど、国を守り、国民の生活を守り、また財産を守ることなど蚊帳の外のことになっていると言えます。敗戦後60年が経った今も何に怯えているのか、誰も本音を言えません。
 勝者が敗者を裁いた東京裁判も不都合千万であります。多くの識者もこの裁判に対して勇気のある発言をしていません。
 平和ぼけもいいところであり、日本国は独立国の体を成しておらず、ある意味で世界の笑いものになっていると思います。
 山本五十六海軍大将は「百年兵を養うは之平和維持の為なり」という名言を残しております。日本という国家が、そして日本国民の一人ひとりが、国防ということに更に認識を強くしてくれることを望んでおります。
(茨城県中小企業団体中央会会長)

大田 哲也(広島県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第105号(21.1.1)掲載
                   海軍の3人の大将
                   
                    大田 哲也(広島県会長)

 終戦までの広島市並びに呉市は、ともに旧陸海軍の軍都として、師団司令部、鎮守府が各々置かれており、軍関係の教育機関についても陸軍幼年学校、海軍兵学校が存在し、多くの英才がその門をくぐってきた。
 こうした関係から広島県出身の将官については、陸海軍ともに多数輩出しているが、こと大将については陸軍が岡部おかべ直なお三郎さぶろう大将の一人。海軍は、加藤かとう友三郎ともさぶろう大将(死後元帥府に列せられる)、谷口たにぐち尚なお真み大将、小林躋造こばやしせいぞう大将の三者があげられる。
 加藤友三郎大将は、日露戦争の日本海海戦において戦艦三笠艦橋で連合艦隊参謀長として東郷平八郎司令長官とともにあり、後に呉鎮守府司令長官、第一艦隊司令長官を歴任後、海軍大臣となり大正10年ワシントン会議の全権代表として軍縮を実行。大正11年(1922年)には、広島県出身としては初の内閣総理大臣に就任している。
 谷口尚美大将は、昭和3年に連合艦隊司令長官に任命され、昭和5年軍令部長に就任。同年のロンドン海軍軍縮条約の批准に向けて海軍部内の調整にあたった。謹厳実直の人柄で海軍の良識派を代表した一人と評価されている。
 小林躋造大将は、加藤友三郎大将の甥にあたる。昭和2年のジュネーブ軍縮会議では主席随員として、昭和5年のロンドン海軍軍縮会議でも艦政本部長として条約締結に努力している。翌昭和6年に連合艦隊司令長官に任命されている。
 三提督ともに軍縮のバトンを繋いだ名将であり本県の誇りであるが、このたび加藤大将・首相を顕彰する銅像が復元され、没後85年にあたる平成20年8月24日に除幕式が開催され、私も出席させて頂いた。
 銅像は、もともと広島市中区の比治山公園内に建てられていたが、戦時中の金属回収令で取り除かれ台座のみが取り残された状態にあった。
 平成18年2月に発足した「加藤友三郎銅像復元会」有志による募金活動の成果により、広島市中区の中央公園内にワシントン軍縮会議時のフロックコート姿の銅像が新しく建立されたものである。銅像の顔からは強い意志がうかがえ、軍縮に文字通り命をかけた人柄が偲ばれる。
(広島県商工会議所連合会会頭)

平成20年

●防衛協会会報第104号 20.10.01 [防(さきもり)人 ] 川本 宜彦(埼玉県会長)
●防衛協会会報第103号 20.07.01 [アメリカ・ツアー抄] 簗 郁夫(栃木県会長)
●防衛協会会報第102号 20.04.01 [国民の危機意識について] 田村 勝己(岡山県会長)
●防衛協会会報第101号 20.01.01 [中国戦線] 町田 錦一郎(群馬県会長)

川本 宜彦(埼玉県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第104号(20.10.1)掲載
                   防(さきもり)人
                    
                    川本 宜彦(埼玉県会長)

 平成20年5月6日は読売新聞の一面トップに「非常識110番増加」の記事が目を引いた。一面トップに経済や政治以外の記事を出した読売新聞の社会意識が現代の問題を露呈したと考えられる。この記事は公的機関、直言すると公的権力の私物化という問題なのだが、今までの私物化とは質が異なっている。今回私物化したのは、マスコミが擁護すべき不特定多数の一般市民だったのだ。この一般市民は匿名性を持ち、さらに弱者の立場をとれる大変やっかいな存在である。
 内容については、ここに書くのもばかげているが「雨が降ったから家まで送れ」「旅行に行くので犬にえさをやれ」「携帯の料金が高い」などということで110番をするのだ。これらはモラル、要求、苦情、甘え等、個人の存在をあらゆる面から正当化させることに警察を使うということである。
 警察頼れば何とかなるという考えは、実は「先生に」「救急車に」「役所に」と置き換えられ、学校や医療現場などではすでに日常化さえしている。公的な機関をサービス業と見なすように民意を変質させてきた戦後の民主主義はすばらしいと評価する一方、大変な危険もはらんでいることを忘れてはならない。
 この110番の記事に続き、数日間にある種の同質な記事が見られた。「イエメンの旅行で、危険勧告を無視して誘拐された観光客」「少数住民の苦情によって十数年続いた東関東最大級のフリーマーケットの中止」「小学生が卒業式前に自殺をした。その信号を学校は見落としたということへの学校側の謝罪」
 新聞の論調とは常にこのように弱者の立場からの視点を持っている。しかし警察を私物化する一般市民という事態は、弱者が匿名性の権力を握るという構造になってはいないだろうか。医療にしても教育にしても弱者への過擁護はすべての国民が責任回避、他人任せの発想を持ち、次第に国家が脆弱化すると考える。
 日本人の多くが考える国家の充実、安定、平和、といった政治政策の希求は国家としての集合体ではなく個人の保身、安全、高質の生活に向けられているように思う。全体主義に戻れと言うのではない。常に主体は個人であり、その個人の倫理観を共通した「国家観」にまで育てる必要があると思うのである。最高の危機管理、防衛システムとは言ってもそれを運営するのは人である。そこには「人のおろかさ」も存在することを認めなくてはならない。教育によってきちんとした「国家倫理」を紡ぎ続ける事だけが、人の愚かさを吸収する最大の防衛であると考える。
 中国宋代の蘇軾は「天下の患は其の然るを知らずして然るより大なるはなし」と言っている。世の中に心配事は多いが、その最大のものは、そうなる原因に誰もが気づかないうちに状態の悪化が進むことである。国家倫理や、道徳の話題を、直ちに軍国主義と結びつける発想は卒業しようではないか。
((社)埼玉県商工会議所連合会会頭、(株)サイサン取締役会長)

簗 郁夫(栃木県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第103号(20.7.1)掲載
                  アメリカ・ツアー抄
                    
                      簗 郁夫(栃木県会長)

 とりわけ趣味の無い私の楽しみの一つは、旅行である。内外を問わないが、海外旅行は未知との遭遇と、人々の交流にワクワクする。殆ど仕事に絡む視察旅行であるが、気がつくと、いつの間にか、5大陸を掠めたようである。
 初めて海外に出たのは、アメリカ施政権下の沖縄を別として、昭和40年(1965年)のカリフォルニア州・流通業の視察である。アンカレッジ経由でサンフランシスコに入り、ゴールデンゲート海峡を目にした時、万延元年(1860年)の咸臨丸の壮挙や、明治4年(1871年)の岩倉具視一行の外遊の第一歩に思いを馳せた。
 バスでサンディエゴまで南下し、広大な土地を肌で実感するとともに、アメリカの消費文化に直接触れ、その物量に圧倒された。
 どの訪問先企業でも、兄貴分のようなおおらかな姿勢で対応して頂き、感謝一杯であった。勿論、当時の企業見学は無料であった。最近の企業視察が有料が当たり前であることを考えると、彼我の立場の変化を痛感している。
 ニューヨーク郊外のIBMワトソン研究所を訪問する機会があり、在籍中の江崎玲於奈博士にお目に懸かれた。
 博士の話では、欧米はもとより、イスラエルやトルコなど中東を含めて、世界の頭脳が集まっていると伺い、アメリカの懐の深さと、競争力優位の源泉を思い知らされた。3年前、シカゴのITT(イリノイ工科大学)大学院卒業式に出席したが、中国人やインド人が目立ち、未来の潮流を垣間見る思いである。
 開通して間もない、全自動運転のBART(Bay area Rapid Transit・サンフランシスコ高速鉄道)にのって、UCB(カリフォルニア大学バークレー校)を見学した時、図書館で600万冊所蔵(研究室分を含む)と聞かされた。当時、我が国で新築中の国立国会図書館の収蔵目標は700万冊であり、規模の差を感じた。
 振り返って、アメリカ訪問州を数えてみると、約半数となり、東西南北に及んでいる。テキサス独立戦争のアラモ砦(サンアントニオ)、ヘミングウェイの愛した最南端都市キイウエスト(マイアミ)や、マルティグラ・カーニバルを楽しんだニューオリンズ(ハリケーン・カトリーヌによる大被害には心が痛む)など一つ一つの場所に思いでは尽きない。
  一方、ホテルや航空機のダブルブッキング、手荷物のピックアップ忘れ、乗り継ぎ便への駆け込み等、ハップニング酒の上での失敗も事欠かない。
 今では吸わないが、30年前はヘビースモーカーであった。メーン州でアメリカーと言われるロブスターを堪能し、ニューヨークへの帰途、喫煙席に陣取ると、隣は上品なご夫人であった。禁煙のサインが消えても、隣席に遠慮して煙草を取り出せなかった。遂に我慢ができなくなり煙草を取り出すと、同時に隣のご夫人も煙草を取り出すところで、互いに顔を見合わせて笑い出した次第。お陰で、下手な英語で楽しい会話が弾み、退屈しないですんだ。
 寄る年波で、ノンストップの長距離飛行は苦手となったが、まだまだ世界を駆け巡りたいと願っている。
(栃木県商工会議所連合会会長)

田村 勝己(岡山県防衛協会長)

                                 防衛協会会報第102号(20.4.1)掲載
                  国民の危機意識について

 時代の激動変化する今日であるが、昭和58年10月、日本市民防衛協会主催のヨーロッパの核・防災シェルター視察ツアーに参加した。実質8日間真面目にスウェーデン・西ドイツ・スイス各国の民間防衛施設を視察した。
 スウェーデンはシェルター5万5千個が確保され、当時の人口850万人の内600万人収容出来る。住宅・工場・学校・病院・企業・地下鉄等の公共性のある建物にはシェルターの設置を義務づけた。
 その費用は全額国が負担し、将来全国民の人口分を確保する計画だという。有事の際は警報をサイレン・テレビ・ラジオ等を通じて発令する。住民がシェルターに避難するまでに、3分から4分で非難出来るように配置する。
 ストックホルム市中央駅の正面にクララ教会があり、その地下には一万五千人収容出来るシェルターがある。通常は駐車場としているが、有事の際は近くの市民や通行人が避難する。しかし、突然に数千人規模の人が避難すると誘導が難しい。群集心理によりパニック状態で混乱することも懸念されるため原則的には、身近なところに百八十人以下のシェルターをつくるという。
 民間防衛の目的は、有事及び災害時の人命救助と保護にある。防衛組織は、十六才から六十五才の国民の参加を義務づけている。
 全国を地域別に区分し、中央指令部、地域指令部を設置して警報・避難を指令し、一般市民に通報される。消防、災害救助、民間防衛を一体化した統合組織とし、機能化することが重要という。
 その他シェルター内の設備、地下発電、換気設備、汚染空気の浄化及びフィルター、発電用の油、貯水タンク及び井戸水の施設、食料や各種生活に必要なものが貯蔵されている。室温十五度確保、防爆扉、空気汚染、病院機能等、あらゆる角度から研究され人命救助に万全を期している。
 その他、西ドイツ・スイスのシェルターを視察した。  
 小子の申し上げたいことは、シェルターの数とか機能とかではなく、視察を通じて最も感じたことは、国民の危機意識の高いことである。
 金美齢氏の講演で(にて)、「東京に何年ぶりかでやって来た台風の中、多摩川の中州から救出されたホームレスの男がいました。後日、テレビのインタビューで『あれだけ避難せよと呼びかけられたのに、どうして避難しなかったのか』と聞かれたときに、彼は一言『大丈夫だと思っていました』。これが今の日本人の平均的なメンタリティーです。危機管理ゼロ。日本の将来は危ういと私は思っております。」
 以上の様な一節がありました。まさに危機意識のない日本人となってしまったと小子は思う。  
 日本国の防衛は日本人で守り、自分の身は自分で守ることを基本としなければならない。要は、人間としての危機意識は万国共通であり、我々一人ひとりが愛国心を持って、国家の安泰のために危機意識を持つべく日々努力をしたいと思うこのごろである。    
(日本植生褐レ問、日本会議岡山議長)

町田 錦一郎(群馬県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第101号(20.1.1)掲載
                      中国戦線 
                    
                    町田 錦一郎(群馬県会長)

 昭和13年6月カラカラに乾ききった土手を、負傷した戦友を背負って兵隊が駆け下りてきた。徐州攻略戦だった。
 子供の頃、友達と村の神社で遊んでいると、鳥居の向こうから一人の復員兵が歩いて来た。その人は北支に出征していた前の家の長男だった。汗とほこりにまみれた戦闘帽に軍服を着て、ボロボロの背嚢を背負い、ほころびた巻脚半に軍靴をはいて、一歩一歩社殿に向かって歩いて行ゆくのを、子供達は遠まきにして不思議そうにじっと見ていた。賽銭箱の前で停止すると、突然軍靴を鳴らし不動の姿勢をとって挙手の礼をした。そのまま顔を動かさずに何秒かが過ぎていった。肩がかすかに震えていた後姿を妙に覚えている。  
 今思えば日本の中国大陸進出の国策により、大東亜共栄圏実現の戦士として、この神社から郷土の人達の日の丸、のぼり旗と歓呼の声に送られて、生きて祖国の土は踏まない悲壮な気持ちで出陣していった。極寒炎暑の中国大陸を、血と汗と涙で転戦、運よく終戦まで生き残り、やっと家族の待つ故郷の神社に辿り着いた感動に、しばし立ちつくしていたのであろう。今までは現役の軍人の鉄とスピンドル油・帯革と軍靴の匂いに陶酔していたが、今度はボロボロの復員兵の姿に戦争の厳しさを感じ、強烈な印象が子供心ごころに、その精神構造に何らかの影響をきたし、その後中国大陸に対する関心が深まっていった。  
 日本中の子供達が、昭和初期、山中峯太郎の「敵中横断三百里」を読んで感動し、大陸に雄飛する自分の姿を夢に描いた。日清・日露・大東亜戦争を通じて幾多の兵士が海を渡り、また開拓団戦士として家族共々大陸に雄飛し、戦塵に斃れ、終戦の混乱の渦の中で未曾有の悲劇に遭遇し、大陸に埋没していった。                               ☆  
 昭和53年、日中平和友好条約締結後早々に、私は経済人友好訪中団員として広州・武漢三鎮を訪れた。汽車は広州・武漢三鎮に向かって驀進している。旧満鉄時代の客車で広軌道のゆったりした軟座(1等車)で、はじめて見る南中国の景色を眺めていた。田植えの終わった青い稲田が続き、樹木の少ない丘のような山が連なっていた。点在する部落が迫ってくる。昔見た中国戦線の映画のように土塀をめぐらした城壁、水がいっぱいのクリークに柳の木が植わり、アヒルがのんびりと泳ぎ、子供達が裸ではしゃぎながら魚を捕っていた。今にも八路軍が出てきそうな40年前の風景がそこにあった。  
 我々が向かっている同じ道を、昭和13年広東攻略の閣議決定に従い、陸海軍の将兵は決死の覚悟で出陣、バイアス湾に敵前上陸を敢行し、広東進攻作戦の火蓋が切られた。戦闘は苛烈を極め、一路広東市内を目指して、陸路から徒歩部隊が珠江を遡行して、海軍部隊が炎暑の中を進撃していった。  
 我々は、平和な時代に扇風機の回った快適な汽車で、市内に向かっている。境遇の有難さを感じ、複雑な気持ちが込み上げてくる中を汽車は広州駅にすべり込んでいった。駅頭に降り立つと、青い空に南方特有の強い日ざしがカッと照りつけ、ロータリーからメインストリートにかけて、日本の終戦直後の銀座のように荷車から自転車、旧式のバスまで種々雑多の車が行きかい、国防色の軍用車が兵士を満載して走っていた。ちょうど日本の昭和20年頃のようであり、まだまだ日本に追いつくには30年位はかかるだろうと感じた。  
 その中国が、いまや先進国に追いつき、経済大国として著しい発展を続けている。軍備を増強し、軍事大国として我が国をはじめ台湾・周辺諸国に軍事的脅威を与えている。誠に隔世の感である。
(マチダコーポレーション(株)代表取締役)

平成19年

●防衛協会会報第100号 19.10.23 [自分の国は自分で守る] 谷崎 博志(和歌山県会長)
●防衛協会会報第099号 19.07.23 [心に残しておきたいもの] 角間 俊夫(石川県会長)
●防衛協会会報第098号 19.04.23 [帰らんか帰らんか吾が党の小子よ ・・・] 仁科 惠敏(長野県会長)
●防衛協会会報第097号 19.01.19 [”国を守る”こころ] 山下 直家(徳島県会長)

谷崎 博志(和歌山県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第100号(19.10.23)掲載
                  自分の国は自分で守る
 参議院選挙が終った後は、ただただ驚きの連続でした。 安倍首相は就任以来大した失点もなく、憲法、教育など戦後レジームからの脱却を唱え、美しい国・日本″への再生に全力をあげてきました。  
 他方、民主党の参院選勝利は、党の政策が評価されたわけではなく、タイミング悪く社保庁の杜撰さ″が明るみに出たのと、閣僚たちの馬鹿々々しい失言等で、日常生活に直接関係の深い事柄に関しての国民の反感、いわば敵失の結果だと言う事をよくよく自覚しておかなければなりません。  
 また、一部タレント的に名前だけ売れた人の当選も、ある意味では民意の低さを問われるのではないかと思います。  
 それにしても、安倍首相の掲げた高い領域でのわが国の将来像、即ち、憲法、防衛、外交、安保、教育等の議論は何処へ行ってしまったのでしょうか。勿論、これらは票にはならなかったのでしょうが、これ等への首相の取組みには大部分の国民は賛同していたと思いますし、今回の選挙で、これ等が否定されたわけでは決してなかった筈です。
 その証拠に、反対を唱えた共産党と社民党は議席を減らしたではないですか。だからこそ惨敗にも拘らず続投を決意されたのではなかったでしょうか。今さら詮無いことながら、安倍内閣は総辞職してしまいました。  
 今は日本存亡の危機です。次の衆院選は、安倍首相の掲げた憲法の見直し、教育の根本的改革等、高いレベルでの国の将来を考えての選挙であってほしい。国民も何時までも「年金」や「失言」ではありますまい。  
 憲法9条の改正は絶対必要です。「万一、攻められたら助けてください。しかし、貴方が困っても助けられません」。 こんな勝手な憲法のある国を何処の国が守ってくれますか。  
 戦後62年間、戦争が無かったのは憲法に「戦争放棄」を唱えてあるからなんて言う人がいますが、「犯罪防止」と書いただけで殺人や強盗がなくなれば警察は必要ありません。やはり、日米安保と自衛隊の力があったからです。
 「従軍慰安婦問題」等を見るにつけ、最近のアメリカは日本をあまり重視していないと思います。「6カ国協議」でも、拉致問題を掲げる日本なんか頭ごなしにされているではないですか。テロ特措法が無くなれば、いよいよ日米関係はおかしくなるでしょう。そもそも、テロ特はアメリカのためというよりも日本の安全と生活の安定のためのものです。  
 これからは、どこの国も頼りにしてはいけません。日本の国防は自分たちで考えなければなりません。防衛予算も5兆円なんてケチなこと言わず倍増して、一部の近隣諸国に馬鹿にされないためにも、もっともっと強い自衛隊、いや、国防軍になって貰いましょう。     
(明光電機(株)取締役会長)

角間 俊夫(石川県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第99号(19.7.23)掲載
                 心に残しておきたいもの
                    
                    角間 俊夫(石川県会長)

 亡き父のアルバムの第1ページには、3挺の銃に支えられた軍旗の写真が貼ってありました。歩兵第7連隊のその軍旗には、旗の部分が無く周りの房のみが紐の輪のようになっています。明治8年の下賜 (かし)以降、西南の役、日清戦争、そして日露戦争の激しさを物語っています。
 3年前、大連に行った折り、旅順の二〇三高地を訪ねました。遠く旅順港を望む山の上に立ち、当時に思いを馳せました。聞けば日本軍は、海の反対側から攻め上がって来たとのこと。鬱蒼と樹木の繁る眼下に向かい合掌を致しました。
 金沢に司令部を置く第9師団は、第7連隊を主力として第3軍に属し、乃木将軍の指揮下にありました。盤龍山での攻防戦の後、奉天へ転戦し、ここでも再び激戦の前面に立たされました。  
 石川県出身の日露戦争時の戦死者2837名中、この二つの戦いで1866名が戦死されたのです。石川県の兵役適齢男性の7%強に当たります。戦死者の家の玄関には、「遺族の家」という小さな板が貼られ、このプレートは近年まで町屋に残っていたのです。県民は遺族に対して尊敬と慈しみの心で励まし救いの手を差しのべてきました。祖国のために亡くなられた人々への尊敬と感謝の心が失われていく時、間違いなくその国や民族は滅亡に向かっていると思うのは私だけではしょうか。
 ところで、「残したい日本の音風景百選」に金沢の「寺町寺院群の鐘」が選ばれました。鐘の音を聞けば大きな寺院が連なる景色が目に浮かびます。「夕焼け小焼けで日が暮れて、山のお寺の鐘が鳴る」。子供の頃よく歌ったものです。今でも金沢では、時々朝6時と夕方6時に鐘が鳴ります。昔は鐘の音で目を覚まして野良に出かけ、夕方の鐘で家路につきました。知らず知らずのうちに鐘の音で生活が営まれたようです。「山寺の鐘撞く僧は見えねども 四方の里人時を知るなり」。  
 石川県防衛協会も設立されて40年余。設立時の「北陸地方を襲った38豪雪を始めとし、累次に亘る災害に際し、献身的な復旧作業に取り組む自衛隊に対し、心底から感謝し、いち早く自衛隊の理解者として、防衛思想の普及並びに自衛隊の健全な発展に寄与する」の信条は、今後も大事に伝えたい。防衛省となった今こそ、自衛隊員を励まし、県民の防衛意識の覚醒を促すべく警鐘を鳴らし、そして国のため亡くなられた人々のご冥福を祈り、鎮魂の鐘を鳴らし続けねばと決意を新たにしております。
(カナカン株式会社 代表取締役会長、金沢商工会議所副会長)

仁科 惠敏(長野県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第98号(19.4.23)掲載
 帰らんか帰らんか 吾が党の小子よ これを裁する所以を知ろう

 安倍総理が「美しい国、日本」を標榜して若々しく登場した。憲法改正や教育再生の問題を堂々と正面から掲げて、国民にその是非を問うている。真に頼もしい限りだ。
 事の如何を問わず、憲法も教育も、戦後米国の占領統治下の強い干渉を受けて制定されたものであることは確かである。
 爾来60年。何が正しくて、何が間違っていたのかを日本人として判断するには十分な時間ではないかと思う。
 いたずらに妥協するのではなく、大いに国論を起こし、「忘れたこと」「忘れさられたこと」を明確に正し、我々日本人が戦後ずっと放置してきた「精神の再建」という課題に向けて、戦前の日本が辿ったあの時代の宿命から目をそらせることなく直視すべきだ。
 そして、我々の「根っこ」にあるもの、「基軸たるもの」を再発見することで、再び日本という国の歴史的、文明史的活力を取り戻して欲しいと思うのである。  
 孔子の「帰去来の辞」が口をついて出た。
 「帰らんか帰らんか 吾が党の小子 狂簡にして 斐然として章を成すも 
                         これを裁する所以 (ゆえん)を知らず」

 ― 帰ろうよ。さあ帰ろう。わが党の魯に残してきた若者たちはみな大きな夢、大きな志の持主。みごとな美しい模様の布を織り上げてはいるが仕立てるすべは知らないのだ。みんなは私を必要としている。彼等の進むべき道を決めてやらねばならぬ。これを裁するゆえんのものを伝える。―

 戦前を知る我々世代が、戦後世代の若い人達にしてやらねばならないこと。それは、60年前の敗戦をきっかけに、明治も江戸も古代までも全否定する奇妙な歴史観を排し、積み重ねられた「戦後の嘘」を再度根本から正し、日本文明の核心を伝えていくことではないだろうか。心知れたる我が同志とともにこの信州からそれを発信していきたいと思う。

山下 直家(徳島県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第97号(19.1.19)掲載
                  「国を守る」こころ
                    
                    山下 直家(徳島県会長)

 図らずも一昨(2005)年6月から、徳島県防衛協会の会長を仰せつかることとなった。社会人となって40年余り、金融界の事しか知らない人間に、果たして役目が十分務まるものかどうか甚だ疑問に思いつつも、諸般の情勢からお引き受けすることとなった次第である。
  御存知の方も多いと思うが、徳島はその昔、阿波水軍の根拠地として瀬戸内海に覇を唱えた土地柄である。その地に現在、松茂町と小松島市の二つの海上自衛隊の基地が存在するのも偶然とは言えない。
 更に個人的なことで恐縮ながら、家内の父は旧海軍時代の小松島基地に短期現役将校として勤務したことがある上、祖父も旧海軍軍人であったので、今般小生が、徳島県の防衛協会会長というお役を務めることとなったのも、何かのご縁かも知れないと言う気もしている。
 昨秋、偶々ドイツ・スイス両国を訪れる機会を得た。文化的な面で得るところの多い旅であったが、国を守る意識の持ち方という面においても感ずるところがあった。
 ドイツでは随所で黒・赤・黄の3色の国旗が掲げられていて、当然のことと思っていたところ、現地のガイドから「こうして公然といたるところで国旗が飾られるようになったのは、6月のワールドカップ大会以降である」との解説を聞いて意外に思った。それ以前は第2次大戦を引き起こしたとのひけ目からか、どうしても国旗に対して一歩引いた、遠慮する雰囲気があったとの話であった。それがワールドカップサッカーで、自国チームを国を挙げて応援する間に、ドイツ国旗を打ち振ることが外国人にも自然に受け入れられていることが分かり、遠慮が消えたと言うことであった。
 ドイツにおいて戦後60年間もそうした気持ちが残っていたと言うことは、同じ敗戦国としての日本の立場に照らして感慨深いものがあった。
 一方で、ドイツは第2次世界大戦後夙に軍隊を保有し、NATO軍・国連軍に参加して外国へ派兵もしている。国旗を顕示することを遠慮するといった雰囲気が強かった中で、軍隊がどういう風に位置付けられてきたのか興味をそそられたところであった。
 因みにマスコミ論調の中には、ドイツの戦後処理の取り運び方は極めて周到であり、その結果として諸外国との関係修復も順調に進んで来たのではないかとの評価があるようであるが、こうした点も或いは影響しているのかもしれないと感ずる。
 スイスでは、これまでもしばしば紹介されている通り、街中・郊外を問わずシェルターが整備されており、正に、国中が要塞とも言える状況を目の当たりにすることが出来た。
 同国を取り巻く国際情勢を考えた場合、今日果たしてそこまでの備えが必要なのかどうか、外部の人間には十分理解しきれないところもあるが、国を守る国民的意志を常に明示的に表すと言う意味では、大変効果的であるとの印象であった。
  翻って、最近のわが国を取り巻く国際情勢をみると、改めて言うまでもなく北朝鮮による拉致やミサイル発射・核実験の実施といった懸案の大問題が未解決のままになっているのを始め、韓国・中国など近隣諸国との関係も緊張の度を増している。そういう中にあって予ねて懸案であった防衛庁の「省」への昇格法案が、先般衆議院を通過し、今国会で成立したことは大変心強い展開であると感じているが、同時に「国を守る。自分の城は自分で守る」という気概を、国民が広く且つ強く共有するよう、さらに働きかけていくことが大切であると思っている。
 (阿波銀行代表取締役会長)

平成18年

●防衛協会会報第096号 18.10.23 [竹島問題と離島防衛] 杉谷 雅祥(島根県会長)
●防衛協会会報第095号 18.07.23 [演習場を抱えて] 萱沼 俊夫 (山梨県会長)
●防衛協会会報第094号 18.04.23 [静岡歩兵三十四聯隊と板妻三十四普通科連隊] 松井 純(静岡県会長)

杉谷 雅祥(島根県防衛協会会長)

                                 防衛協会会報第96号(18.10.23)掲載
                  竹島問題と離島防衛
                    
                    杉谷 雅祥(島根県会長)
     
 北朝鮮は平成18年7月、7発の弾道弾ミサイルを、10月には地下核実験を実施しました。事前に通告もなく、極めて理不尽な行為で、国際社会に背を向ける北朝鮮は、ある日突然暴発する可能性を秘めております。
 「軍」が暴発すれば、どんな事態が出現するか、杞憂と片付けるわけにはまいりません。
 私の住んでいる島根県は日本海に面し、海岸線が長いため、中国からの密入国者にとっては、格好の上陸地となっております。北朝鮮から大量の麻薬が沖合いで投下され、暴力団の手により、国内に持ち込まれたりもしているようです。
 いま、全国的に関心を集めている竹島問題とともに、対岸諸国とは常に緊張を強いられる位置関係にあります。竹島は、島根県の行政区に入っており、隠岐島(人口約2万5千人、本土から約70キロ)から160キロ離れた位置にあります。竹島を中心とした海域は、北上する対馬暖流と南下するリマン寒流がぶつかり、漁業資源の豊富なところで、かってはアシカも生息し、江戸時代から昭和に至るまで、島根、鳥取両県の漁民の貴重な漁場になっていました。
 竹島の領有権について紹介しますと、1905年(明治38年)、政府は、島根県の上申に基づいて、閣議において、本島を「竹島」とい命名し、島根県の所管とすることを決定いたしました。国際法上は「無主の地の占有」(所有者のない土地を人より先に占有)による領有権であります。
 歴史的にも日本の領土であることは、下條正男先生(島根県竹島問題研究会座長)の著書『竹島は日韓のどちらのものか』の中で明らかにされています。
 1951年(昭和26年)サンフラシスコ講和条約が調印され、竹島は日本領土であることが確定しました。しかし韓国はそれを認めず、講和条約画発効する前に竹島をその内側に収め、「李承晩ライン」を引き、領有権を主張いたしました。それ以降、竹島は韓国に不法占拠され、軍隊が駐屯しております。
 竹島が韓国に支配されて以降、島根県、鳥取県の漁民が竹島を中心とした12カイリ以内に入ると、韓国の巡視船が接近し、場合によっては威嚇射撃を受けます。かって2百隻以上の漁船3千人以上の漁民が韓国に拉致され、5人が殺害されました。1999年発効の日韓新漁業協定で竹島周辺は、両国が漁場を共同管理する「暫定水域」としましたが、今なお、日本漁船は竹島周辺に近づくことも出来ず、竹島周辺は未だ戦争状態であると言っても過言ではありません。日本政府の弱腰外交の結果であります。
  昨17年、島根県議会は「竹島の日」(2月22日)を制定しました。38名の県会議員の中で反対者は3名だけでした。日本国の領土が不法占拠されていることに対する憤りが、党派を超えて結集されたのでした。
 竹島問題は、私の学生時代に起こったキューバ危機を思い出させます。1962年10月、ソ連のフルシチョフ首相が、キューバに中距離ミサイル基地の建設を図った冷戦史上最大の危機であります。ケネディ米国大統領は、キューバの海上封鎖を発表、ミサイル基地の撤去を要求しました。アメリカの圧倒的な核戦力と、大統領の「確固たる姿勢」の表明の前に、フルシチョフ首相は、その要求をのまざるを得なかったのであります。
 竹島の領有権について日本政府が「確固たる姿勢」を表明することを、私は期待しています。
 朝鮮有事の折には、相当数の難民が島根県に上陸することは自明の理であります。これらの難民は武装難民と考えてよいと思います。特に隠岐4島が敵に制圧されたときは、どのような事態になるのか、思うだけでも鳥肌が立ちます。
 日本海にある有人離島の中で、自衛隊が駐屯していない島は、隠岐島だけであります。自衛隊の駐屯は、多数の島民の切なる願いであります。
 海洋国家”日本”は、全国に多くの島嶼があり、その防衛は大変難しい問題があることは想像できます。我が国の排他的経済水域(EEZ)は447万平方キロメートルあると言われ、世界で6番目の広さです。排他的経済水域とは、沿岸から200カイリの水域で、沿岸国が、生物・非生物資源に対して排他的に権限を行使することが出来ます。まさに島嶼防衛は国益の確保であります。
 北朝鮮のミサイルを防ぐために、ミサイル防衛システム(MD)を構築することは喫緊の課題でありますが、離島の防衛もまた、喫緊を要します。 
 日本民族の未来永劫に生存し、美しい国土を子孫に残すためには、国防を強くすることは当然の帰結であります。
  近い将来、GDP1%を超えて防衛予算を組まなければならない時代が訪れるように思います。
(山陰クボタ水道用材株式会社社長)

萱沼 俊夫(山梨県自衛隊協力会連合会会長)

                                 防衛協会会報第95号(18.7.23)掲載
                   演習場を抱えて

 わたくしたちのまち、「富士吉田市」は、山梨県の南東部、富士北麓に東を忍野村・山中湖村、西を富士河口湖町・鳴沢村、南を静岡県小山町、北を都留市・西桂町と隣接する高原地帯に位置し、東京都心部からは百キロ圏内にあり、人口5万4千人余りを有する富士北麓の政治・経済・文化の中心都市です。
 そんなこのまちには、市内を一望でき、かつ富士山の眺望が一番すばらしいと多くの市民が自負する場所に、戦没者慰霊塔(市民の間では「忠霊塔」と呼ばれ親しまれています。)が建立されています。この場所は市民の憩いの場でもあり、正式名称を「浅間公園」と言いますが、四季折々いろいろな姿でわたくしたちの目を楽しませてくれます。
 特に、桜の花が満開を迎える季節には、裾野から広がる雄大な富士山を背景に、桜と五重の塔を写した“日本の象徴的な場所”として、外国の教科書などにも掲載され、また、多くの写真家などにより紹介もされているところです。読者の皆さんも一度や二度はご覧になった記憶がおありのことと思います。
 この慰霊塔は、昭和34年に市民有志の寄付により建立され、現在では富士吉田市慰霊塔奉賛会により管理されておりますが、日清・日露戦争から先の大戦までの、富士吉田市戦没者1055柱を奉っております。
 このほかにも、市内には富士山の眺望がすばらしい場所が多く所在しており、国土交通省関東地方整備局の選定する「富士見百景」には、「富士山レーダードーム館と富士」、「富士北麓公園」、「浅間公園」、「諏訪の森自然公園(パインズパーク)」、「杓子山」、「富士見孝徳公園」、「堂尾山公園」の7箇所が選定されており、それぞれの場所からの富士山の眺めはまさに絶景です。
 富士山の裾野には、その面積4597ヘクタールに及ぶ広大な「北富士演習場」が本市と周辺2村の行政区に存在しており、国の防衛施策の一翼を担っております。
 この演習場では、年間282日の実弾射撃訓練などが行われておりますが、訓練の中には、国内の移転先5箇所のうちの一つとして、沖縄県道104号線越え実弾射撃訓練の分散実施も行われ、沖縄県の過重な負担軽減の一助となっております。また、この演習場では、国内唯一のハイテク機材を使用する「富士訓練センター」が平成12年に開設されております。
 このほか、演習場内では現在「イラクにおける自衛隊の人道復興支援活動」により、イラクサマーワで活動中の自衛隊の模擬訓練施設が建設され、派遣される自衛隊員の安全を確保するための訓練が行われております。さらに、隣接する忍野村には「北富士駐屯地」も所在しており、この部隊からも第9次イラク復興支援群として11名の隊員が派遣され、その折には、山梨県自衛隊協力会連合会として、派遣隊員の任務完遂と無事帰還を祈願し、部隊と協力し壮行会を実施いたしました。
 この演習場は、富士吉田市の行政面積(12,183ヘクタール)の約3分の1にもおよび、市の発展の阻害要因ともなっております。このため防衛施設庁から、「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律」により、補助金や交付金の交付を受け、民生の安定に資するための施策の実施を行っておりますが、先に紹介いたしました富士山レーダードーム館や諏訪の森自然公園等の整備に活用させていただき、市民や富士吉田市訪れる観光客の皆様には大変喜ばれております。
 市の開発・発展と国防の一環を担うこととの狭間で苦悩しておりますが、今後も自衛隊の活動に関しましては、できる限りの協力を惜しまず、かつ市勢の伸展に努力してまいりたいと思っております。 自衛隊協力会の立場と市長としての立場のなかで、今回は市長の立場としての所感を述べさせていただきました。
(富士吉田市長)

松井 純(静岡県防衛協会会長)
                                 防衛協会会報第94号(18.4.23)掲載

        静岡歩兵三十四聯隊と板妻三十四普通科連隊

 「男の子と生まれ橘の香る駿府の城のあと 両軍神の面影を 偲ぶ此の身に誉れあり」と始まる軍歌があります。この歌は、明治27年(1894)の日清戦争後、静岡に誕生した静岡歩兵第34聯隊の聯隊歌であります。
 歌の中にあるように明治29年(1896)に駿府城の本丸・二の丸などを囲む堀、14万17百平方メートル(4万33百坪)を埋めるにあたり、市民2万人が動員されました。天守閣、御殿の紅葉山、本丸土手を壊してその土砂を使い、それでも土砂が余り、安東練兵場の埋め立てに使ったほどで、天守台の大きさが想像されます。翌30年、城内に白壁モルタルの兵舎が作られ、愛知県豊橋から、ひげの聯隊長、高木作蔵大佐が入り、静岡の34聯隊が誕生したのであります。
 明治37年(1904)2月10日、日露戦争が始まり、静岡34聯隊は3月26日に第1大隊を先頭に出征しました。その時の聯隊長は関谷銘次郎中佐、大隊長は橘周太少佐でありました。八月末、第2軍だった34聯隊は、1軍・4軍と共に遼陽へ向け進撃、中でも、首山堡陣地の攻撃は激烈で、攻防戦は彼我ともに多大の損害を顧みずに死闘を繰り返し、関谷聯隊長、橘大隊長以下5百人余を失い、全体では5千人の出征者に対し1千百人を超す戦死者を出しました。橘少佐は満38歳で戦死、中佐に特別進級し、海の広瀬武夫中佐と共に、全国民から「軍神」と崇められました(関谷中佐も大佐に名誉進級)。戦いの後、静岡市葵区沓谷に陸軍墓地を設け、戦死者の遺骨を埋葬いたしました。 かつて駿府城内の34聯隊には、関谷聯隊長、橘中佐の銅像がありましたが、昭和19年、戦時下の資源回収で徴収され、関谷聯隊長の銅像台座だけは、静岡市谷津山の慰霊観音像の台座として残っています。
 橘中佐の銅像は2体作られていて、1体は中佐の故郷長崎県千々石町に置かれていました。こちらも供出されるところでしたが、地元の住民が夜中に海岸の砂中に埋めて隠したそうです。現在は同町の橘神社の入り口に建っています。
 静岡県では、昭和37年、御殿場市の陸軍板妻廠舎に板妻駐屯地が創設された際、県民の多くの要望により旧陸軍歩兵34聯隊の聯隊番号を受け継ぐ事ができました。これにより板妻34連隊は、軍神橘中佐を象徴とする郷土部隊となりました。板妻駐屯地の正門を入ってすぐ正面には、昭和天皇御手植えの大きく立派な松があり、左手には「湧水庵」という名前の隊員クラブがあります。その下に郷土部隊出身者の資料多数が展示された資料館、そして橘中佐の銅像、橘中佐を背負い見取った内田軍曹の碑があります。 毎年8月、歩34のOB会が、遠く長崎県より橘中佐の子孫の方々の臨席を願い、「橘祭」を催し、軍神の慰霊・顕彰行事を盛大に行なっております。
 “遼陽城頭”の軍歌で名高い軍神橘中佐が、静岡歩兵34聯隊の大隊長として、日露戦役首山堡の戦いで壮烈、国に殉じられてから70有余年の歳月が流れました。橘中佐が「軍神」として崇敬されたのは、単に戦場での勇戦敢闘のためだけではなく、その人格が高潔で識見にすぐれ、円満で情愛深く、全生涯を至誠一筋で貫き通した平素の行いが、武人としても、一国民としてもきわめて立派で模範的であったからであります。
 中佐の遺徳を永く後世に伝え、かつ自衛隊員の修養研鑽の鑑とするため、多くの方々の熱意と浄財により、郷土部隊ゆかりの第34普通科連隊の所在地、板妻駐屯地内に銅像が再建されました。なおこの銅像には、「日本の象徴である富岳に向かって立つ武人の勇姿を表現したい」との関係者の願いが込められています。
私ども静岡県防衛協会も毎年、主催者として10月に自衛隊員殉職者の慰霊祭を催しております。
 縁あって板妻を職場とされた方は、人徳ある橘中佐の遺訓に触れ学び、そして中佐の残された「老婆心」(*)は、軍人だけでなく、今の時代の社会人の心得として留めていただきたいと思います。
 今回第9次イラク派遣で小野寺靖1等陸佐が群長で派遣され、活躍しております。私の会社では「サマワから」という題で、隊員手記を載せております。緊張感も和らぎサマワの子供たちの笑顔が励みと書いてあります。小野寺群長の任務完遂は郷土の部隊の誇りです。心より祈念いたします。
 *老婆心・・・人間として立派になるためには、人に真心を尽くすということの「うるさがれるほどの思いやり、心尽くし」が大切です。学問の上に、また、ものごとの修行の場合でも、まあ、これぐらいにしておこうか、というのが一番いけないことで、これでもまだ足りない、もう少しこうやってみては、という心です。   
(静岡新聞社社長)